漆黒の王女〈後編〉
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外で嗅ぎつけた匂いは、このスープだった。内臓の至るところに沁み渡って、ふわっと力が抜けた。
「あんた、名前はなんていうの」
おばあさんがダイニングチェアを暖炉のそばに置いて、僕に座るよう促しながら聞いてきた。
「サザン…っていいます」
「サザン。いい名前じゃないか。髪の色は? 瞳の色は?」
「…? 銀髪に…若葉色の目ですけど。あの、どうして?」
見たら分かるのに。不思議そうにおばあさんを眺めると、おばあさんはふっふっと笑った。
「あぁ、変な質問でごめんだったね。
あたしは目があまり利かなくてね…至近距離でないとぼやけて見えるし、色の識別がほとんど出来ないんだよ。
この手狭な家でしか活動しないし、息子達以外の接触は滅多にないから、特に不便は感じないが。
あぁ、他人と話すのは10何年振りだろう」
「息子達? 息子さん、この服の人以外にいるんですか」
僕がいちいち質問で返すのを、おばあさんは嫌な顔ひとつせず答えてくれる。
「ああ、あとひとりいるよ。その服が入らないぐらいでかいのがね。
もっとも二人とも、引き取り子なんだがね。あたしは産めない身体だから。
ひとりは、あんたが着てるそのシャツの持ち主は、城に働きに出ていったが、もうひとり、ばかでかい方は、あたしのそばにいて、私の織った物を売りに出したりしてくれる」
「城」
僕がそのワードに機敏に反応したので、今度はおばあさんが不思議そうな顔をする。
「あの、お城って? この近くにあるんですか」
本当はもっと別の事を聞きたかった。
シーナという人を知っているか。
ザザという人を知っているか。
やっぱり聞いてみようか、そう思った時に、
「ああ、あるともさ」
何か懐かしむように、おばあさんは言った。
「あたしも昔、城で働いていた。お妃さまのお付きとして」
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