漆黒の王女〈後編〉

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 先程の雨足は一時的なものだったみたい、今は風が凪いでシトシト降りになっていた。

 濃霧も空の上だけのようで、森の中は視界がはっきりしていた。

 方向は?

「あ…」

 墜落の拍子にコンパスを落としてしまったらしい。辺りを見回すと、地面に叩きつけられて割れて転がっていた。

 どうしよう、と思っていると、柔らかくなった風が僕の後ろから吹いてくる。

 気流は東に向かって流れてた…

 僕はフラフラと立ち上がり、風に押されるように歩き出した。

 風向きなんて、いつまでも同じ方向に吹くわけがないんだけれど…身を任せるまま歩いていく。

 ぼんやりと歩いていたので、僕はぶつかった。

「いてっ…」

 壁に。

 …壁? 森に壁??

 僕はぶつけた顔面を擦りながら、目の前のそれを触診する。

 カシャカシャと音を立ててぐにゃりと向こうへしなる、金網だと分かった。

 だけど、植物の蔓が金網の隙間に満遍なく絡み付いて、厚い壁を作り上げていた。しかも見たところ、とんでもない高さ。人が乗り越えられないようにしているようだった。

 何故、こんなものがここに…この向こうへは行けないんだろうか。

 どうして僕がそう思ったか、それは、この壁の向こうから…かすかに料理の匂いがするからだ。

 誰かが住んでいる。

 わずかな希望を託して、僕は丹念に緑の壁を調べた。どこかに出入口があるはず。

 すると、ある箇所で誰かが踏みつけたような地面を見つけた。

 それと垂直になっている所の壁に体重をかけると、ギイッと扉が開いたように向こうへ押しやられた。

「うわ…」

 金網を境界に、こちらはすごくひんやりしていた。雨に濡れているから尚更鳥肌が立った。

 匂いは…まだ、美味しそうに漂っている。

 すぐ先は暗闇、でも僕の強い嗅覚を頼りに、迷いなく奥へ進んだ。





 やがて…暗闇の中にぽうっと灯る、家の明かりが見えた。





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