漆黒の王女〈後編〉
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サザンなら、ノックなんてしない。
「シーナぁ、ただいまぁ」って必ず声を張り上げて入ってくるし、もし何らかの理由で両手が塞がっていたとしても、「シーナぁ、たすけてぇ~」とにかく声掛けをしてくれる。
「…どなたですか?」
玄関の扉の前に立って、私は向こう側へ声を投げた。
すると、鈍い音がピタリと止んで、でも、何も起きない。
扉が開く気配もない。「すみません」とかの声もない。
ギイ、と扉を少しだけ開けた。外の強い風が隙間を縫ってビュウッと入ってきた。
その隙間からは何も見えない。
思いきって全開する。
………何もない。少し遠くの森の木々が風で大きく揺れているだけ。
何だったんだろう。やっぱり風の仕業かな。朝サザンを見送った時より風がだいぶ強くなっていた。
サザン、大丈夫かな。まだ帰らないかな。
心配になって、一歩、二歩、外へ踏み出した。
風が私の黒髪を吹き上げた瞬間、曇り空で暗いのが更に黒くなった気がした。
「───」
後ろ。
直感が働いたのに、遅かった。
私の耳の後ろから太い腕が二本伸びてきて、ひとつは私の腰に巻き付き、もうひとつは肘で私の前面を押さえ付けながら手の平を私の鼻より下にぴったりくっつけた。
「ひひひひひ」
私の頭上から下卑たような声がして、背中に冷たい汗が流れた。
どうしてこんな事に、とは思わなかった。瞬時に、もしかして、貼り紙の? とよぎったから。
でも、何故、貼り紙を見た人が訪ねて来る日が今日って思わなかったのだろう。
何故、その人がこういう事をする人かもしれないと、危機予測をしなかったのだろう。
そして…
「みぃつけた。
ユリシーナ・レグルス。
漆黒城の主、レグルス家の王女」
この人は、ナニを言っているんだろう。
…