漆黒の王女〈前編〉

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「…シーナ、シーナ? どうした…!?」

 エルさんの声にハッとなる。

 一瞬意識が飛んだみたいだ…そう思った前後で色々と状況が変わっていた。

 私は、痛む場所を手で覆いながら上半身を屈めていた。

 エルさんは、私の肩に両手を添えて顔を覗き込んでいた。

 アルテは、私の背中をさすって心配そうな顔をしていた。

 そしてサザンは、いつの間にかグライダーから降りて、血相を変えてこちらに駆けているところだった。

「あ…だ、大丈夫です。その、ちょっとここが痛くなって。でももう平」

「ちょっと見せて」

 私に最後まで言わせないで、エルさんは私の手を取って額から離すと、前髪を手の平で掻き上げた。

 ひゃあ、とアルテが小さく叫んだ。

 何かできてるの? と思ったけど、そうではない、アルテの声色の意味を瞬時に理解した。

 エルさんが私のこめかみから両手を差し込んで、痛む場所を丹念に見ている。

 すごく近い。

 喉仏とか髭とか、私には無いものが視界に入って、その延長上でエルさんの蒼い瞳と視線が絡んだ。



 時が止まる…



 額の痛みとはまた別のものが…私の心臓に刺激を与えたような…



「…何にも…なさそうだね」

「…そう、ですか」

 やっと、ぎこちなくそう言った時には、少し離れた所でアルテがサザンを押さえ付けていた。

「サザンは見ちゃダメッ」

「何わけわかんない事を、さっきシーナうずくまってたでしょ? どこか痛いとかじゃないの!?」

 サザンの焦る声を聞いて、私は慌ててサザンとアルテの所へ駆け寄った。

「サザン! 大丈夫だから、ちょっとだけ頭が痛くなって…でももう平」

「本当に?」

 サザンもまた私に全てを言わせなかった、私の両手首を取って、下から私の顔を心配そうに覗き込む。

 今、ちょっと、サザンに顔を見られたくなかった。

 今自分が、どんな顔をしてるかわからない…

 でもサザンはそんな私の気持ちには気付かないで、

「…よかったぁ。
 僕、さっき低空飛行した時に、もしかしてシーナに当てちゃった!? と思って…
 そうでなくても、グライダーの風で石とか飛んで当たっちゃったのかなとか…
 うん、大丈夫ならいいんだ」

 ホッとしたような顔を見せたので、つられて私もホッと息をついた。





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