漆黒の王女〈前編〉
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「ううん、拓けた場所で描きたいんだって…だからここに案内したの」
私が答えるのをふーんと聞きながら、アルテはまた空を見上げる。
「またサザンがギャアギャア言っても知らないよ~」
クククと笑いを噛み殺しながらアルテが言う。
そうかもしれない。私とエルさんがここに来たのを知って、何で来たの? って…ぶすっとしたサザンの顔しか思い浮かばない。
そう考えて私も空を見上げていると、上空のサザンと目が合った(気がした。実際はサザンはゴーグルを掛けてて、視線なんて見えやしない)。
サザンはふいと顔を背けて、グライダーを向こうの方へゆっくり旋回させた。
徐々に高度が下がって見えるけど、まだ降りる気はないみたい。
「ほらエルさん! シーナを描くんでしょ? 早くしないと日が暮れるよ!
ほらシーナ! アンタはこの岩にでも座りなさい!」
急にアルテに腕を引っ張られて、すぐそこにあった座り心地のよさそうな岩にお尻を着いた。
エルさんはアルテに声を掛けられるまで、スケッチブックに何か描き込んでいたけれど、座らされた私を見て「今準備するね」とイーゼルやキャンパスをセットした。
「あれかぁ、君が手紙で書いてたグライダー。いいね。かっこいいね。つい走り描きしちゃった」
エルさんはペロッと舌を出しながら、さっきのスケッチブックをくるりと半回転して見せてくれた。
「わあっ」
鉛筆で、雄々しく翼を広げるグライダー、そして操縦士のサザン、走り描きなんて言ってるけどとんでもない! 今にも動き出しそうな、躍動感が素晴らしい。
「後でよく見せて貰おう…
じゃあシーナ、しばらくそのままでいてくれるかな…」
エルさんの言葉で、モデルになる事への緊張が走る。一ミリも動いちゃダメなんだよね?
するとエルさんはふふっと笑う。
「固くならないで。僕ね、お喋りしながらの方がよく描けるんだ。
僕は描きながらだけど、シーナは普通に話して」
そう言われて肩の力が抜けた。
「エルさんエルさん。私絵が出来るところを見ててもいい?」
アルテは飛行見物に飽きたみたいで、エルさんにそうお願いを申し出ると、「構わないよ」とエルさんは自分の後ろにアルテを促した。
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