漆黒の王女〈前編〉
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「ふう、ふう。ずいぶん深い所まで来たなぁ」
「ごめんなさい。馬車で来られればいいんだけど、この通りの道で…少し休みましょう?」
「いや、いや。あと少しなんでしょう? 僕は平気だから、もうちょっとペースを上げよう。
絵を描く前に日が暮れてしまわない内にね(笑)」
エルさんのペースに合わせてゆっくり歩いていたけれど、エルさんにそう言われてしまったので、心苦しく歩みを速めた。
だってエルさん、持ってきた画材一式がとても重そう。半分持つと申し出たけど、気にしない気にしないとエルさんは笑顔で突っぱねた。
慣れない獣道、重い荷物、なのにエルさんのおしゃべりは途切れない。
「何度もくどいけど、急に逢いに行くなんて言って本当にごめん…
君が手紙で待ってますって書いてくれた時、歳甲斐もなく舞い上がっちゃって」
「ふふ…そうなんですか?(笑)」
エルさん、26歳なんだって。私は何歳なんだかまだ思い出せない、エルさんといくつ離れているんだろう。
「でも、さっき話した通り、しばらく仕事で帰って来れないんだ…海の向こうの大陸で商談の旅に出るんだ」
「海の向こう…そうなんですね…」
「うん、だからね…君の絵を描いて…向こうでのお守りにしようと思って。
…うわ、僕、なかなか気持ちわるいこと言ってるね? 断るなら今だよ?(苦笑)」
少しクセのあるこげ茶の髪をガシガシと掻いて、照れくさそうに視線を落とすエルさん。
「描きに来てって言ったのは私なのに(笑) 断るなんてするわけないじゃないですか。
あらためて…今日はよろしくお願いします」
私は立ち止まって、エルさんに深くお辞儀をした。
エルさんはうん、と頷いた後、あっと声を上げた。
「あそこかい? 例の野原」
「あっそうですそうです。さぁ行きましょう!」
拓けた場所の入口のそばまでもう来ていた。私達は草が風でなびく野原へ飛び出た。
上を遮っていた枝葉がなくなって陽の光が降り注ぐ。
眩しげに青い空を見上げると、一点の黒。サザンがグライダーを悠々と操縦していた。
サザン、いつの間にあんなに上手になったんだな…
すぐそばで同じように空を見上げていたアルテが、私達の気配を感じて振り向いた。
「あれー、シーナ達もこっち来たの? 絵はもう出来たの?」
…