漆黒の王女〈前編〉
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皆が散っていく様子をぼんやり見送る。
しんとなった玄関先に残された私とエルさんは、ふと目が合って、先にエルさんがふふと笑ったので、つられて私も笑みを零した。
「あ、それ」
「ハイ?」
エルさんの長くて少しゴツゴツした指が、おばさまに頂いた水色のショールを指した。
「あの時頭を覆っていたショールでしょう? 今日は首に巻いているんだね」
「はい…あの時は日避け用に。
…あの、エルさん?」
「ウン?」
「その…エルさんは、平気なの?
あの時はショールで見えてなかったと思うけど…黒い髪…瞳だって…」
言いながら、さーっと心に影が差した。こんな質問、エルさん困るに決まってるのに。
でもエルさんは…こう言った。
「僕は好き」
「!」
「綺麗な…潤しい黒じゃないか」
ずっと前にも同じ様な言葉を聞いた事がある。そうだ、サザンもそう言ってくれた。
自分自身、こんなにも黒が目立つ事に恐れみたいなものを感じる、それこそさっきのじいやさんのように。
なのに、サザン、親方、おかみさん、アルテ、おじさま、おばさま──そして今、エルさんが。受け入れてくれる。
「ねえ、じいやが言った事、本当に悪かった。気にしないで…って、難しいかもしれないけれど…」
私が何も言わないので、エルさんが一生懸命に言葉を紡ぐ。指を組んで、もじもじと動かしながら。
その仕草が可愛く思えて、私はふっと息を吐いて笑った。
「ううん…大丈夫、もう気にしないです。へんなこと言ってごめんなさい。
ねえエルさん、時間があまりないんでしょう?」
私の明るい声に安心したエルさんは、自分もぱっと顔を明るくして、
「うん、そうなんだ。実は明日からしばらく家を空ける事になっていて…後で詳しく話すけど…
その前にどうしても、君と逢って絵を描きたかったんだ。
何処か拓けた場所で描けたらいいのだけど…いい所あるかい?」
と言った。
拓けた場所…
グライダーのある野原しか思いつかなかった。
…