漆黒の王女〈前編〉

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「エドモン! 失礼なことを」

 エルさんの鋭い声が飛び、それと同時に私の背後で殺気立った気配を感じた。

 振り返ると、サザンがとても恐い顔をして立っていた。

 じいやさんが気圧されてコソコソとエルさんの後ろに隠れる。

「すまない、頭の固い古いじいやなんだ。後できつく絞っておくから…どうか気を悪くしないで」

「いえそんな…誰だって、恐く思いますよね? こんな、真っ黒で…」

 せっかくエルさんがフォローしてくれたのに、ついて出た言葉はなんてネガティブなんだろう。

 その先を紡げないでいると、おかみさんも奥から出てきて、

「ようこそいらっしゃいました、エルさん。
 本当なら、シーナが世話になっているサザンの家でお出迎え出来ればよかったけれど。
 家主であるサザンの姉が今留守でね、許可なく勝手にはと思ったから。
 間にアタシが入る事をどうかお許し下さいね。
 さあこんな所で立ち話もなんだから、奥でお茶でも飲みながらお話ししましょう」

 と朗らかにエルさんに話しかけた。

 エルさんは少しほっとした顔をして、でもこう言った。

「いやおかみさん、申し訳ありません。
 ゆっくり話をしたいのですが、実は僕らあまり時間が無くて…
 早速絵に取り掛かりたいのです。我儘を言ってすみません。彼女をしばらくお借りします」

 エルさんの礼儀正しさにすっかり骨抜きのおかみさん。更に頬を緩めて、

「まあまあ、そうなんですか。
 じゃあアタシらはここにいるので…何かあればいつでもいらして下さいな。
 シーナいいね? エルさんと存分に話しておいで。
 エドモンさん? よければうちで、御者の方もご一緒に寛ぎなさって下さいな。
 サザンもアルテもうちにいるといい」

 てきぱきと私達を促した。

 じいやさんは一旦馬車に戻って、御者の人を連れておかみさんに奥へ案内された。

 アルテとサザンは、

「じゃあそんなら僕、グライダーの所に行く。
 エルさん、どうぞごゆっくり。シーナの事宜しくお願いします」

「あ、私エルさんの絵を描くとこ見たーい」

「ばかアルテ。アルテがいたら気が散るでしょ。退屈なら僕と一緒に来なさい」

「まー! サザンのクセに偉そうに!」

 そんな事を言い合いながら森の奥へ入っていった。





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