漆黒の王女〈前編〉
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そしてついに翌日。
『シーナちゃん。今、エルさんとアルテがルニアを出たわ。あ、執事のじいやさんも一緒よ』
エルさんを親方の家でお迎えするんだっておかみさんがはりきってたから、朝からそちらに行っていた私とサザン。
おばさまのこの通信を聞いて、少しドキドキしてきた。
首回りに緩く巻いたショールや、お祭りで買ったブレスレットを何度もいじってしまうし、ワンピースの皺直しを繰り返してしまう。
「ねぇ…僕、別にいなくてもいいよね?
猟しない日だけど、親方は用があるって出掛けちゃうし、僕もグライダーの練習したいんだけど」
サザンがつまらなそうにそう言うと、おかみさんはピシャリと諭した。
「ばかおっしゃい。アンタがエルさんに逢わないでどうするの。
ずっと居ろとは言わないけれど、挨拶はきちんとしなさい」
はぁい、とサザンは組んだ両手を頭の後ろにやりながら、窓の外に視線をやった。
そうしたそばから、サザンがあ、と声を上げる。
「来たんじゃない?」
サザンの言葉に私とおかみさんは窓へ雪崩れ込む。
親方の家からは村の入口が見えるんだけど、そこに立派な馬車が停まった。
中からまず執事のじいやさんが出てきて、続いて出てきたアルテの手を取っていた。
次はエルさんかな、と見ていると、おかみさんが急に私の腕を引っ張って、ダイニングの椅子に座らせた。
「シーナは、ここにいらっしゃるまでの楽しみにしときなさい」
「ええ? はぁい、わかりました(笑)」
おかみさんに言われた通りにおとなしく座っていると、「こんにちは!」とアルテの元気な声が玄関先から聞こえてきた。
「さあ、シーナが最初にお出迎えしてさしあげな」
おかみさんが私を立たせて、ぐいぐいと背中を押す。
私は扉の前に立つとひとつ深呼吸をして、意を決してゆっくり開けた。
「わぁシーナ、今日はずいぶんおしゃれじゃない?」
驚くアルテのすぐ後ろには、焦げ茶色の髪に晴れた空色の瞳をした、私より背の高い男性。
画材道具を沢山抱えて、私を見るなり柔らかく微笑んだ。
「シーナ? はじめまして。エルです。突然でごめんね。ビックリしたでしょう?」
あぁ、手紙で感じた通りの人。さっき感じた緊張はすっかりどこかへ行っちゃった。
「はじめまして…エルさん。
ここまで来て下さってありがとう。お手紙も、いつもありがとう。
お逢いできてうれしいです」
私がそう言うと、エルさんは照れくさそうに笑った。
とても和やかな初対面。でも…
エルさんの後ろにいたじいやさんの、私を見て小さく放った言葉に、私は固まってしまった…
「ひっ…魔女…」
…