漆黒の王女〈前編〉
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明日の準備とやらが粗方済んだ頃にはもう日が暮れて、私とサザンは親方の家で夕飯をごちそうになり、帰途に着いた。
ランタンを片手に夜道を歩くサザンの後ろをついていく。
「おかみさんってば、あーんなにはりきっちゃって。シーナとエルさんの事なのにさ」
「ふふ…そうだね」
夕食の席で、おかみさんはずっとテンションが高かった。
エルさんはどんな顔なのだろう、優しい人かしら、聡明で頼り甲斐があるといい、シーナより背が高くないと…他にも色々言っていた。
私は容姿について特に気にも留めていなかったので、おかみさんの妄想が楽しくて聞き入っていた。
でもサザンと親方は苦笑いをして、「おいおい、おまえが見合いするわけじゃねぇんだから」と零していた。
「エルさんが、シーナの絵を描きに来るだけなのにね」
「ウン」
「………」
「…? サザン? どうしたの?」
サザンが急に黙り込んだので、私は声を掛ける。
するとサザンはクルッと振り返って、ランタンを私の目の前にかざした。
私の顔が鈍いオレンジに照らされる。
「シーナ。
シーナは…グライダーの事、もうどうでもいい?」
「えっ?」
サザンの質問の意味が、よく分からない。答えられないでいると、サザンはこう続けた。
「この半月、シーナはエルさんとの文通でずっと楽しそうだった。
グライダーの所、来なくなっちゃったよね。僕に譲っちゃったから、尚更かな。
グライダーが直って、シーナの記憶の糸口になればと思ったけど…
………
………
このままシーナが記憶を戻さないで、シーナがエルさんを気に入って、エルさんもシーナを気に入って、ふたりが一緒になるなら…
…それもいいかもね」
言い切って、サザンは再び歩き出した。
もう家が目の前だったので、サザンはもう私の方を見ずに家の中に入っていった。
サザン、サザンもおかみさんと同じような事を言う。
明日はエルさんが絵を描きに来るだけだよ。私はそれが楽しみなだけ。
それだけなのに…周りが色めき立つのはなぜだろう。
「サザン、明日の事が終わったら、またグライダーの所に行くよ。おやすみ」
起きてるかどうか分からなかったけど、サザンの部屋の扉越しにそう声を掛けて、自分も床に着いた。
…