漆黒の王女〈前編〉
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「…シーナ? 何がどうなってるの?」
おかみさんが出ていった扉と、もうウンともスンとも言わない通信機を交互に見ながら、そう言ったサザンの顔はぶすっとしていた。
「えーと…ほら、手紙で私とエルさん、逢う約束したでしょう? それが明日になって」
「はあ? 何でそんな急に決まっちゃってるわけ? シーナが手紙出したの昨日じゃん」
「そうだよねぇ…私も急展開でビックリしてる(笑)」
「…の割りには、シーナ楽しそうだね」
「うん? そう? まぁ、逢ってみたいのは本当だから。
私の絵を描きたいって。エルさんが絵を描くとこ見れるの、楽しみだなぁ」
「ふーん」
サザンはエルさんに興味がなさそう。というか、エルさんの手紙を見せる度サザンは不機嫌になる。なんでだろう。
「まぁ、僕には関係ないや。僕、今からグライダーの練習してくる」
狩りから帰ったばかりなのに、サザンはそう言って部屋を出ようとした。
そこでおかみさんのふくよかなおなかにぶつかって、「おわぁ」やわらかく跳ね返された。
「こらサザン、ナニ寝ぼけたこと言ってるんだい。アンタも明日の準備を手伝いなさい」
「えぇ? 一体ナニを?? 僕、全然関係ないじゃない?」
「関係大アリ、一応アンタはシーナの身元人だよ。アンタの家に住まわせているんだから。
さぁ明日のシーナの格好を決めるから、サザンの家に行くよ。姉さんのザザの服から一等素敵なのを見つけなけりゃ」
なんでおかみさんがそんな張り切るの? とぶちぶち言うサザンと一緒に家に戻る。
おかみさんは家中のお姉さんの服をサザンに出させて、一着一着私に宛がいながら、あーでもないこーでもないと頭を悩ませた。
「あっそれ」
ある服で、ずっと黙っていたサザンが声を上げた。
「ん? あぁ、これいいじゃないか! って、あれ、この服どこかで見たような」
「おかみさん忘れたの? それ、ねえさんのお城勤めが決まった時に僕達でプレゼントしたワンピースじゃないか」
「あぁそうだそうだ、懐かしいねぇ」
膝下丈のオフホワイトのワンピース。二連になっていて、裾が不揃いの長さでプリーツになっているノースリーブ、その上に花柄の編み目の大きいニットを被せて着るものだった。
これにおばさまから頂いた水色のショールを合わせたら素敵かな。
「サザン、これ、使わせて貰ってもいいかなぁ? お姉さん、嫌がらないかな…」
お姉さんの私物を使わせて貰うのが未だに申し訳ない私。
そんな私をサザンはふっと笑って、
「だから、ねえさんそんな狭い人じゃないから(笑) 気にしないでよ…シーナに似合ってるよ」
と言った。
久しぶりにサザンの笑った顔を見た気がした。
…