漆黒の王女〈前編〉
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エルさんとの手紙のやりとりは楽しかった。
一通目はお互いにぎこちない文面の自己紹介。
素性の知れない私は一通目でほぼ全て自分の事を書いてしまって、二通目はどうしようと思っていた。
するとエルさんは、二通目の結びに鉛筆描きの絵を添えてきた。
【今僕の目の前にあるスズランです】
スズランだけでなく地面とか柵とか庭の小人の置物とかも繊細に描かれて、エルさんは外でこれを描いたのかなと思ったら胸が熱くなった。
エルさんと同じ目線、この小さな一枚の便箋の世界へ自分が引き込まれたよう。
【素敵な絵。エルさんは画家さんなんですか?】
商売をしてもおかしくない腕前だと思った。手紙にそう書くと、
【ううん。子供の頃から大好きな事だけれどね。
代々受け継いでいる仕事をしなくてはいけないから、こうやって描けるのは稀なんだ。
あぁでも、久しぶりにこうして描くとやっぱり楽しい。また君に描いて送ってもいいかい?
って、もうふたつめ描いちゃったけど(笑) 押し付けでごめんね】
と書かれた三通目にはネコジャラシで遊ぶ仔猫の絵が同封されていて、私は自然と笑みを零した。
エルさんと何通手紙を交わしただろう。
その中に、開港祭で私を見たというその場面を絵に描いた事があったんだけれど、
【もう店じまい間際の時だったのかな、最後のお客さんにお礼を言っている君が眩しかったんだ。
遠目で見たからこんなに小っちゃいんだ、ごめんね】
ショールを覆っている私と、サザンとアルテ、開港祭の町並みも一緒に描いてくれていた。
これまでの手紙全て、サザンにも見せていた私。例に漏れずこの絵も見せると、
「…僕、こんな小っさくないしぃ」
と、この上なくぶすっとしてサザンが言った。
【サザンが、小さ過ぎるって言ってます(笑)】
【ごめんごめん。誇張し過ぎたかな。謝っておいて。
いや、直接謝りにいこうかな。
ずっと考えていたのだけど、君の絵を描きたいんだ。
君がよかったら、僕がそちらに伺いたい。返事を聞かせて】
まさか、こんな展開になるとは。
でも、半月ほど文通してみて、エルさんの物腰の柔らかさ、丁寧さ、誠実さは痛いほど感じていて…
私も、逢ってみたいと思った。
【はい。構わないです。待ってます】
こう書いて出した翌日、ベスタおばさまから連絡が来た。
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