漆黒の王女〈前編〉
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「おいしそう。何のお肉かしら」
集まってきた何人かがサザンの手元を覗き込む。
サザンは焼けたお肉を次々にお皿に乗せて、それと爪楊枝の入った小さな器を私とアルテに渡した。
「こっちがイノシシ、そっちがキジ、シカはあと少しで焼けるから、試食用でどうぞって声掛けてね。
こんにちはぁ。よければ食べ比べしていって下さぁい。特製のタレで漬け込んでまぁす」
サザンが唐突に接客モードになる。
アルテと私も慌てて、覗いてくれた町の人達に「どうぞ」と、焼けたお肉に爪楊枝を刺して渡した。
「わあ、やわらかくておいしい。お夕飯に出したいわ。おいくらかしら? 一枚ずつくださいな」
「はい! ありがとうございます。
シーナ、そしたらね、この包み紙でラップごとこう包んで…うん上手。
はいお待たせしました。中までしっかり焼いて下さいね」
サザンに会計や受け渡しまでのやり方を教わって、これで今日の仕事の内容を覚えた。
それをきっかけにお客がぐんと増えて、アルテが呼び込みと試食係、サザンも焼きながら呼び込みをして、私は会計係、そんな風にお店が回り始めた。
「はぁい、そこのおじさま。美味しいお肉のお味見はいかが?」
アルテ曰く私の口真似らしい(笑)、ある時アルテがそういう呼び込み文句を言った。
すると、声を掛けられた初老の男性はこんな事を言った。
「わしゃ、そっちのキレイな、ショールのおねえさんから貰いたいのう~。あんたのは、いらん」
「はあー!?」
アルテが素っ頓狂な声を出したのに、そのおじいさんは無視して私をニコニコと見つめる。
この様子を通る人がジロジロと見るので、サザンが新たに焼き上げたお肉を網からさらって、私はアルテとおじいさんの所まで出た。
「よかったらこちらも食べ比べてみて下さいな」
「やっぱりべっぴんさんは優しいのう~。どれ、いただき…
…っつ、あ、いや、また次来た時にしようかのぅ」
「え? ちょっ、あの…」
おじいさんが急に態度を変えてそそくさと立ち去ってしまったので、私はぽかんとその後ろ姿を見送った。
「ふん、ヘンタイじいさんめ」
私の横でアルテが厳つい様子でおじいさんを一瞥しながら腕組みをしていた。
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