漆黒の王女〈前編〉

28/66ページ

前へ 次へ


 村に帰るや否や、親方はアストラおじさん宛に手紙を書いた。

「明日がちょうど集配人が来る日でよかったなぁ」

 蝋で封をしながら親方は言った。

「ねえサザン、おじさんって?」

 今日狩った獣肉をおかみさんと処理しながらシーナが聞くので、僕はダイニングテーブルで頬杖をつきながら答える。

「アストライアンっていうおじさん。長いからアストラおじさんね(笑)
 昔この村に住んでたんだけどね、沢山研究するには狭すぎるからって、向こうの港町に引っ越しちゃったんだ」

「研究? どんな?」

「色々。他の町の事、別の大陸の事、世界の事、海の事、空の事、人が造った物の事、昔から在る物の事…
 あの黒い機械の事も、もしかしたら知ってるかもしれないよ」

「ふぅん…そっか。あれが何なのか、分かるといいね」

「うん」

 なんだか他人事みたいに言うシーナ。それも仕方ないのかもしれない。記憶を無くしている状態の今は、自分のだと言われても実感がないんだろう。

「ね、シーナ。シーナはアレ何だと思う?
 僕はねぇ、アレが空飛ぶ乗り物だといいなぁ。
 鳥みたいな形なんだもん、飛ばなかったら詐欺だよ? ねぇ」

 僕の言葉を聞いて、シーナが吹き出した。「詐欺って(笑)」と言って、いつまでも肩を揺らして笑う。

 そんなシーナを見て僕も笑顔が零れて、そのまま続けた。

「そしたら、もしも飛べたらね、森の上を飛んで、親方の描いた地図が正しいか見るんだ」

「ふふ…そうだね、そうだといいね」

 そこまで話した所で、おかみさんがパン! とひとつ手を叩いた。

「さぁ今日はここまで。ほら、外は陽が暮れたよ。二人とも早く家に戻りな。
 あっお待ち、これ晩ごはんに、持っておゆき」

 おかみさんがたっぷりシチューの入った鍋を渡してくれて、僕達はホクホクしながら家に帰った。



 シチューを食べながら、そして食べ終わってから眠りにつくまでの間もずっと、僕とシーナは黒い機械について話し合った。

 と言っても、僕が、ああだったらいいこうだったらいい、と希望を並べ立てるだけで、シーナはそれをうんうんと頷いて聞くだけで、

「そうだね、詐欺じゃないといいね(笑)」

 ばかり言って、言う度笑いで肩を揺らしていた。

 そう言うシーナの顔が穏やかで、なんかもう、それだけでいいやって僕は思った。





28/66ページ
スキ