漆黒の王女〈前編〉

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「あっそうそう、片耳だけピアスしてたよね。外してあったの全然気付かなかった」

 サザンはそう言ったけど、私はこのピアスさえも身に覚えがないのだ。

 でもどうしてだろう、このピアスには温もりを感じられて、ザワザワした私の心を落ち着かせてくれる。

「おじょうさん、少しよく見せてくれないか。サザン、ルーペはあるか? あったら貸してくれ」

「はい親方」

 オーリィさんがそう言ったので、私はピアスをオーリィさんの大きな手のひらに転がし、サザンは一旦部屋から出てルーペを取ってきた。

「もし珍しい物だったら、生産地とか割り出せるかもしれん」

 サザンからルーペを受け取り、オーリィさんは丹念にピアスを観察した。

「そういやねえさんも、それに似たヤツしてたっけ。まるっきり同じかどうか分からないけど」

 サザンがこの部屋の角にある勉強机の方をチラッと見て言った。

 天板の上の本棚の、本の背表紙がきれいに並べられている横に、写真が立てられてあった。

 今よりちょっと幼いサザンと、たぶんサザンのお姉さん、綺麗なブロンドの髪の女の子が並んで写っていた。

 姉は金、弟は銀で髪の色は違えど、顔立ちと若葉色の瞳がきょうだいである事を主張していた。

 ピアスをしているか確認しようとしたが、写真の中の彼女は耳が髪で隠れていた。

「おぉっ!」

 突然オーリィさんが大きな声を出したので、私もサザンもクロエさんも、ひゃっと肩を竦めて驚いた。

「どうしたの親方、もしかしてすごく高価な物だった?」

 サザンがオーリィさんの背中から覗き込む。

「すごいぞ、よくこんな所にこんな細かく彫れたもんだ。
 いや、物自体は手頃な物だと思うが、ここ見ろや」

 オーリィさんがサザンにルーペを返して、手のひらのピアスのある部分を指差した。

 サザンは身を屈めて覗きながら…ゆっくり言った。

「to…She、e、na。
 シーナ。
 あなた、シーナって名前なの?」

 サザンが顔を輝かせて私を見る。

「そうなんじゃないか? to…って、誰かから贈られたんだろうから、間違いないと思うがな」

「まあまあ、いい名前じゃないか。シーナ。これからそう呼ばせて貰うけど、いいかい?」

 オーリィさんもクロエさんも、ひとつ手掛かりを見つけて安心したように喜んだ。

 シーナ。

 本当に、私の名前?

 でも、その名に違和感はない。

 私の心の奥がそう叫んでいた。





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