漆黒の王女〈前編〉

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「さぁさぁ、持ってきたよ。口に合えばいいけど。あぁサザン出してくれたのかい、ありがとうよ」

 困惑した重い雰囲気を吹き飛ばすように、クロエさんが元気な声で戻ってきた。

 サザンが用意したテーブルの上に置かれたのは、湯気が勢いよく上るお米の入った野菜スープ。

「胃がビックリするといけないからね。ゆっくりお食べ」

 よく煮込まれた野菜の匂いをかいで、ふわっと心が温かくなる。

「いただきます…」

 ふぅふぅと息を吹きかけてぱくりと一口、おいしい! 野菜がよく煮えて口の中でトロッと溶けた。

 ゆっくりと言われたのに、掻き込む速度を抑えられなかった。

「ふふ…どうやら普通のおじょうさんみたいじゃないか」

 クロエさんは満足そうに私を見て言った。

「しかしなぁ、名前も出身もわからねぇときたもんだ…記憶喪失ってヤツなのか。
 何か手掛かりになるような物でもあればいいが…
 おまえさん、荷物も何も持ってなかったもんなぁ」

 オーリィさんが豊かなひげを親指でなぞりながら、また唸った。

「そういえば、ママ、パパってよく寝言で言ってたよ。
 何かあってお父さんお母さんとはぐれたのかなぁ。
 そしたらお父さんお母さんも、あなたのこと探してるはずだよね」

 サザンも腕組みをしながら、可能性のあるものの推理をする。

「そんなら尚の事、名前だけでも分からねぇと。尋ね人のビラすら作れねぇじゃねぇか。
 森の中にあったあの黒いのが、もしおまえさんの物だとしたら、アレに何か残ってるかもしれねぇな。
 明日にでもまた行ってみよう」

 オーリィさんがそう決めた時に、私の食事も終わり、クロエさんが食器を片そうとして「あ!」と声を上げた。

「荷物といえば。全然荷物じゃないんだけどさ。
 アンタの着替えをやった時に、落ちそうになってたから外したんだった。
 はいコレ。忘れててすまなかったね」

 そう言ってクロエさんは私の手を開かせて、その上にコロンと何かを乗せた。



 夕陽の様な赤い石のついた、片側の小さなピアスだった。





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