漆黒の王女〈前編〉

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 ここは何処だろう。

 様々な疑問が脳裏をよぎる。

 なぜ、見覚えのない部屋のベッドで横になっているんだろう。

 なぜ、身体中あちこちが痛いんだろう。

 なぜ、私は知らない人達──中年の夫婦とその息子だろうか? ──に心配そうに顔を覗き込まれているんだろう。

 そして何故、私は自分の事をわからないのだろう…!

「あー…おじょうさんや。混乱してるだろうから、少し説明をさせてくれ。
 俺はオーリィ。猟師をしている。こっちは妻のクロエ。こっちのチビは弟子のサザン。近所の子供だ。
 おまえさんは森の中でずぶ濡れで倒れてた。息があったから、俺達の村に連れて帰った。
 熱を出して、4日眠ったままだったんだ。
 ここはサザンの家だ。今こいつの姉さんが遠くへ務めに家を出てるから、部屋を借りさせて貰ってる。
 おまえさんの名前は? どこから来なすった?」

 私が目を覚ました時に最初に声を掛けてくれたおじさん、オーリィさんが、私の目線に合わせてゆっくり話してくれた。そしてまた、最初の質問を繰り返す。

 …やっぱり、わからない…

 私が力なく首を横に振ると、オーリィさんはふぅむと唸りながら椅子に座り直した。

「アンタ、おなか空いてないかい? ずっと眠りっぱなしだったんだから、少しはお食べ。今持ってくるから」

 愛嬌たっぷりそうな奥さんのクロエさんはそう言って部屋を出ていった。

 ぐー、とおなかが小さくなって、その振動がくすぐったかった。

 ふたりの息子かと思っていたら違った、サザンという男の子が、部屋の脇に立て掛けてあった折り畳み式のサイドテーブルを転がして、ベッドの横に広げた。

 クロエさんが持ってきてくれるごはんを置く為のものだろう。気が利く子だな、と思った。

「ねえ」

 目が合って、サザンはハッと何か思い出したように、私に言った。

「あなたが倒れてたそばに、鳥みたいな真っ黒い機械があったんだ。アレ、あなたのなの?」

 …なんの事だろう。

 私が目を覚ましてここまで、わかるものは何一つなかった。





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