漆黒の王女〈前編〉
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「おいおい、何やってんだ。しっかりしろや」
僕の悲鳴に驚いた親方が、呆れた様子で僕に近づく。
「いや親方、ここに何かが…ひっ」
高い草に埋もれて見えない、つまづいた何かに手をやると、柔らかくてつめたい感触に思わず飛び上がった。
なに、コレ?
草を掻き分けると、ぐっしょり濡れた深い緑の布の塊が見えた。
親方もそれを覗き込む。しばらく見つめて、親方はそれをむんずと掴んで持ち上げた。
ズルリ。
「「!!!」」
僕と親方は後ろへのけ反った。
布の下から現れたのは…布と同じ色のターバンを顔中に巻いた人間の首!
背中に冷たいものが流れたけれど、親方はひるむ事なく、布をさらにひんめくった。
五体満足、その人は顔だけ横に向けて、うつ伏せで倒れていた。
僕より背の高い人。片耳にピアスをしてワンピースを着ていたから、女の人だって分かった。
親方は彼女の身体を抱き起こして、シュルシュルとターバンをほどいた。
また、息を飲む。
見た事のない、黒々しい豊かな髪。女の人にしては珍しい短さ。
ただ、色々と奇妙であるのに、僕はこの人を美しいと思った。
それは親方も思ったようで、
「こりゃあ…えらいべっぴんさんだなぁ」
と言った。
「うん…どうやら生きているようだ。
サザン、ロープを持ってここで待ってろ。俺は一度小屋に戻って、獲物を置いてくる。
そんでまたここに来るから、そしたらこの娘さん担いで、お前の家で寝かせてやろう。姉ちゃんの部屋、借りてもいいだろう?
俺が行ってる間にもし気がついたら、この水飲ませてやんな。
獣は出ないと思うが…お前のボウガンでちゃんと守ってやれ」
親方は早口で喋って、ロープと手持ちの水筒を僕に渡した。
そしてイノシシとキジをひとまとめに担いで、この場を離れていった。
獣の気配のない、得体の知れない物体と人物が存在する、この奇妙な空間に残された僕。
不安は不安だったが、親方の言い付け通り、この人を守らなくてはという使命感が僕を奮い立たせた。
ねえさんと同じ歳くらいかな。
そんなのも、僕の安心材料になったりしたんだ。
…