漆黒の王女〈前編〉

12/66ページ

前へ 次へ


「おいおい、何やってんだ。しっかりしろや」

 僕の悲鳴に驚いた親方が、呆れた様子で僕に近づく。

「いや親方、ここに何かが…ひっ」

 高い草に埋もれて見えない、つまづいた何かに手をやると、柔らかくてつめたい感触に思わず飛び上がった。

 なに、コレ?

 草を掻き分けると、ぐっしょり濡れた深い緑の布の塊が見えた。

 親方もそれを覗き込む。しばらく見つめて、親方はそれをむんずと掴んで持ち上げた。

 ズルリ。

「「!!!」」

 僕と親方は後ろへのけ反った。

 布の下から現れたのは…布と同じ色のターバンを顔中に巻いた人間の首!

 背中に冷たいものが流れたけれど、親方はひるむ事なく、布をさらにひんめくった。

 五体満足、その人は顔だけ横に向けて、うつ伏せで倒れていた。

 僕より背の高い人。片耳にピアスをしてワンピースを着ていたから、女の人だって分かった。

 親方は彼女の身体を抱き起こして、シュルシュルとターバンをほどいた。

 また、息を飲む。

 見た事のない、黒々しい豊かな髪。女の人にしては珍しい短さ。

 ただ、色々と奇妙であるのに、僕はこの人を美しいと思った。

 それは親方も思ったようで、

「こりゃあ…えらいべっぴんさんだなぁ」

 と言った。

「うん…どうやら生きているようだ。
 サザン、ロープを持ってここで待ってろ。俺は一度小屋に戻って、獲物を置いてくる。
 そんでまたここに来るから、そしたらこの娘さん担いで、お前の家で寝かせてやろう。姉ちゃんの部屋、借りてもいいだろう?
 俺が行ってる間にもし気がついたら、この水飲ませてやんな。
 獣は出ないと思うが…お前のボウガンでちゃんと守ってやれ」

 親方は早口で喋って、ロープと手持ちの水筒を僕に渡した。

 そしてイノシシとキジをひとまとめに担いで、この場を離れていった。



 獣の気配のない、得体の知れない物体と人物が存在する、この奇妙な空間に残された僕。

 不安は不安だったが、親方の言い付け通り、この人を守らなくてはという使命感が僕を奮い立たせた。

 ねえさんと同じ歳くらいかな。

 そんなのも、僕の安心材料になったりしたんだ。





12/66ページ
スキ