漆黒の王女〈前編〉
11/66ページ
「ん…獣がいそうか? そっちは…だいぶ深い方だぞ。地図を描ききれていない場所だ」
親方が自前のコンパスをかざして、眉間にしわを寄せながら言った。
「サザン、何か書く物」
「ハイ」
親方は地図学に長けていて、依頼を受けて猟師業のかたわらこの広大な森の精密な地図を製作中だ。
こうして狩りに出るついでに地図のラフを描くこともしばしば。
「空からでも見れりゃ、ちょちょいのちょいなんだがな」なんてしょっちゅう言ってる。空を飛ぶ術を知らない僕達には叶わない願いだ。
僕は自分のカバンから、常に持ち歩いている小さいノートと鉛筆を出して親方に渡した。
「まあ…いずれは行かなきゃならん所だしな、行ってみるか。はぐれるなよ」
親方はそれを胸ポケットに入れて、背中のイノシシを担ぎ直しながら歩き出した。
僕はしっかりと親方の後ろをついた。親方なしでは僕はあっという間に迷子になってしまう。
地面の草が腰まで伸びている地帯に入った。
親方も把握しきれていない場所、迷わないようにある地点からロープをくくりつけて伸ばしてきている。
「親方…なんだか、獣のにおいじゃないみたい…」
僕が嗅ぎつけたにおいは徐々に強まり、それは、獣とはまるっきり違った。
「そうなのか? …たしかに、動物の気配を感じられねぇな…棲み処としては申し分ないと思うのにな…やけに静かじゃねぇか…」
親方も普通とは違う空気を感じたみたい、慎重に歩みを進める。
「…あっ! 親方、見て、アレ」
「…なんじゃ、ありゃあ?」
僕達はぎょっとして遠目に見つけたものに駆け寄った。
木に引っ掛かっている、乗り物のような黒くてでかい物体、なんだか鳥の形に見えた。
翼、と言っていいのかどうか、とにかくそんなようなのがグシャグシャに破れて、骨組みなのだろう鉄の棒が剥き出しになっている。
僕が感じた変わったにおいの正体は間違いなくコレ、鉄と油が混ざったにおいだった。
「…どっからやってきたんだぁ、こいつは?」
親方が背負っていたイノシシを放り投げて木に近づいて、真下からその奇妙な物体を見上げた。
僕ももっとよく見ようと、親方とは違う所から見上げようとした。
「…おわぁ!」
その時、何かに足が引っ掛かって、派手に胸を草ぼうぼうの地面に打ちつけた。
…