漆黒の王女〈前編〉

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 休憩所であるこの小屋の扉を開けると、雨上がりの匂いが僕の鼻をついた。

 明るくなったと言っても、空は生い茂る枝葉に遮られて、真っ暗から薄暗がりになった程度。

 点々と射し込む木洩れ陽が頼りだった。

「行くぞ」

 手入れをしたボウガンを構える僕を従えて、親方は肩に狩猟銃を掛け直しながら歩き出した。



 濡れた草の道を進んでいく。

 雨は獣の臭いをすっかり消していた。これも僕が雨を嫌う理由のひとつ。

「どうだ、この辺にはいなさそうか」

 僕の嗅覚なんか無くても、親方の長年の猟師のカンってやつさえあれば、獣肉のひとつやふたつ軽く手に入るのに、それでも親方は僕の才能を率先して活かそうとしてくれる。

 多分、僕の猟のスキルをあげようとしてくれてる。

「うーん…やっぱり雨の匂いが邪魔…
 …あっ、親方、あの木にキジが」

 少し離れた所の木に、こちらに背を向けて1羽のキジが留まっていた。

「よく見つけた。お前のボウガンで仕留めろ」

「了解」

 親方の指令に、僕は忍び足で木に近づく。ボウガンは近距離でないと不利なんだ。

 音を立てないようにボウガンを静かに構える。キジは全くこちらに気付かない、キジはキジで獲物を狙っているらしかった。

 バシュッ。

 矢が飛び、キジを貫いた。キジは何の声も上げずにスーッと木から落ちた。

 親方、と振り返った時に、バンッと火薬の音が鳴り響いた。親方が銃を撃ったのだ。

 その直後、獣の雄叫びが聞こえて、またすぐにバンッバンッと親方が撃ち鳴らした。

「ちょうど近くにいたからな」

 言いながら親方がその辺の草むらを掻き分けると、僕となんら変わらない大きさのイノシシが転がっていた。

「もう少し狩っておきたいところだな」

 僕達はそれぞれの獲物を縛り上げて、背中に携えて再び森の中を歩き出した。

「……?」

 しばらくして、風に乗ってきたのか、僕は嗅ぎ慣れないにおいを察知した。

「親方…なんかあっちの方から変なにおいがする…」

 僕は微かに風が吹く方を指差した。





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