漆黒の王女〈前編〉

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(思いの外凍える…)

 夜の空気がこんなにも冷たい事を私は知らなかった。

 どれだけ穏やかな温もりに包まれて、私はあの城にいたんだろう。

 城の敷地をやっと抜けた頃、私は城を振り返った。

 鬱蒼と深い森を下に、段になった崖の上に築かれている漆黒城。

 かつて…私達の祖先が髪と瞳の色を理由に追われて、行き着いた先に棲みついた…それがここだと伝えられていた。

 外部の攻撃から身を守るために、まるで宙に浮いた孤島の様にそびえたつ漆黒城。

 それなのに、内側からの何かに蝕まれようとしているなんて。

 城の不穏な空気が触れない所へ、私は行かなくては。

 とにかくこの広大な森を飛び越えなくては。

 それがパパの願い。ザザの願い。





 どれくらい…飛行しただろう…

 ずっと腕をピンと伸ばしてバーを握っていて、身体が硬直してしまっていた。

 お遊び程度に城の敷地内でグライダーに乗った事はあるけれど、こんなに長くは初めてだった。

 降りて休みたいが、まだ森を抜けていない。それは森に棲む危険な動物に襲ってくれと言っているようなものだった。

 風がやまない内はこのまま飛んでいくしかない…と思っている傍らで、私はある事に気付く。

 細く頼りないが目印にしていた下弦の月がいつのまにか姿を消していた。

 夜で暗いからと全く気に止めていなかったが、空は厚い雲で覆われていた。

 グライダーが不安定に揺れ始める。

 風がびゅうっと吹いて、ローブがバサバサと大袈裟にはためいた時に、私の頬に冷たいものが当たった。

 雨、と思った瞬間、またびゅうっと吹く、今度は強い風、グライダーの黒い翼が煽られて半回転した。

 私は真っ逆さまになって、何が何だか分からない、けど、何かに強く当たったのだ。

 バキバキバキッ…

「アアア…ッ───」

 ひときわ高く伸びた樹に激突、グライダーは幹に沿ってズルズルと墜ちて、途中で止まった。

 私は…墜ちていく途中で自分の命綱がプツンと切れたのを見て、機体がどんどん遠ざかる、それから…どうなったのか分からない。





 聞いた話では…

 この後に豪雨に見舞われ、親切な人が助けてくれるまで、私はぬかるんだ地面に何日も突っ伏したらしかった。





《Continued to another point of view…》






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【漆黒の王女】中間雑談・1





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