漆黒の王女〈前編〉
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心臓が極端に縮まるのを噛みしめる暇は無かった。
ザザの言う通り、一刻も早くこの城から出なくては。自分が殺されるという緊迫はこの時はまだ無く、とにかくザザの表情と今の城が纏う雰囲気が私を急かした。
「これを…シーナの無事をいつも祈る証に」
緩んだターバンをもう一度締め直してくれたザザは、夕陽の様に赤い石の付いたピアスを片方外して、私の左耳に着けた。
指先で触れる、これだけで、さっきまでの不安が少しだけ解消される。ザザのぬくもりがそのまま残る様だった。
ふとすると、ザザが切ない目で見つめてきた。
「シーナ。
シーナの傍に仕えた私は、とても幸せでした。
シーナ。
シーナ。
…さようならシーナ」
ザザ待って、と言う前に、フワッと私の身体が浮いた。
ザザが4本の内の3本のロープをナイフで切ったのだ。
グライダーの重心を繋いでいる最後の1本がピンと張り、闇夜と同じ色の翼が上空の風を受けて、機体がグルグル回る。
私は無我夢中で身体をジタバタさせ、グライダーが上手いこと風に乗るように仕向けた。
ふっと安定して、凧みたいになった。
その瞬間、ザザが最後のロープを叩き切った。
私は更に上空へ、まるで月に吸い込まれるみたいに舞い上がった。
ザザの姿はとっくに小さくなって見えなくなった。
風の吹くままにグライダーは飛んでいく。まだ漆黒城の敷地から出ていないが、こんな上空だし、誰も気付かないらしかった。
ふと下を見ると、パパの執務室がある塔から煙が上がっているのが見えた。
うおぉ、と雄叫ぶ声も風に乗って聞こえた。
漆黒城の行く末を、私は見る事を許されない。
ねえザザ、私達、また逢える?
嗚咽が出そうになるのを堪える為に、ターバンの上から手で口を押さえた。
そのせいでバランスが崩れて、グライダーが大きく揺れた。慌てて両手でバーを掴む。
私には泣く時間も無いのだと…悟った。
…