漆黒の王女〈前編〉
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首筋を冷たい空気が撫でて、数年間携えていた重みが無くなったから、私は思わず前につんのめりそうになった。
「動いてはダメ。もう少し…きれいに揃えさせて…」
ザザは静かに言いながら、襟足を耳たぶより少し下の高さで梳き、前下がりに髪を整えていった。
ハラハラと、細かい髪の屑が床へ落ちていく。
最後にローブを軽くはたいて、ザザは私を半回転させて正面に向き合った。
ザザの家系の色、若葉色の目に私が映っている。
きっと私の目、世界で唯一と言われた種族が受け継ぐ漆黒の瞳にも、ザザが映っている。
「美しい黒…でも、それもなるべく隠さなければ」
ザザはテーブルの上に残っていたローブと同じ色のターバンを、私の頭や顔回りに巻き付けた。目と耳だけが外気に晒されている。
「シーナ…ユリシーナ王女。
今私が言うことをよく聞いて…いいですね?」
いつも親しみを込めてシーナと呼んでくれるザザが正名し、真剣な、でも悲しみの色を含んだ眼差しを向けるのを見たら、私は咄嗟に言葉が出ず、かろうじて頷いた。
だけど、ザザの次の言葉を聞いた瞬間、目眩を起こして膝が折れそうになった。
「ユリシーナ王女は暗殺を目論まれています。
王女だけじゃない、城主様も…そして…
…亡くなられたお妃様も、真実は暗殺なのです…
だから、
一刻も早く、
この漆黒城からお逃げなさい」
…