12月24日の灯り

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 玄関のドアノブをひねると、鍵が開いていた。

 留守を覚悟していたから、鍵を探そうとしていた手が宙ぶらりんになり、行くのが遅くなりそうと仲間に連絡をしないで済んだと安堵もした。が、

「あらおかえり」

「あ、え、と、ただいま」

 ドア向こうにいた母親と──いつになく言葉に温かみが乗っている──鉢合わせて、内心ひどく驚いた。

 戸惑う私をよそに母親は続けた。

「あんたが帰る前に戻れてよかったわ、ランドセル置いたらすぐにリビングに来なさい」

 そう言ってきびすを返す母親の背中を見ながら、私は違和感を覚えていた。

 静か過ぎるのだ──それが、妹が傍にいないからだと辿り着くまでに時間が掛かった。

「え、と、里津子は?」

 言われた通りにランドセルを部屋に置いて、すぐにリビングに入ると同時に私は聞いた。

「おばあちゃん家にいるよ。
 皆でごはん食べようって言ってくれてるのよ、あんたも来るでしょ」

 何か支度をしながら母親は言い、そして私を見た。

 こんなに真正面から母親の顔を見るのは随分と久しぶりで、これもまた私を戸惑わせた。

 言わなくては、でも気を悪くするだろうか、天秤に掛けながら私は母親に伝えた。

「あの、ごめん、友達ん家に行く約束を、お昼ごはん食べたらって」

「あらそうなの? じゃあ簡単に作っていくから、食べていきなさい」

 母親の反応は意外なものだった、断りなさいと圧をかけてくると思ったのに。

 何が作れるかしらね、冷蔵庫の中を覗き込みながら手早く材料を出す。

「遊び終わったらでいいから、後でおばあちゃん家に来なさい。おばあちゃん会いたがってるから。
 それから…」

 ガスの火を点けて鍋の湯を沸かすところで、母親は一旦キッチンから離れて隣の和室へ引っ込んだ。

 数秒もしない内に出てきて、

じゅん

 突拍子も無く私を名前で呼んだ。

 エッと裏声を出しそうになった。

 いつもはねえとかちょっととかあんたとかおにいちゃんとか──いつからそうだったのか思い出せない、それほど母親の口から自分の名を久しく聞いてなかったのだ。





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