12月24日の灯り

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「帰ったんならただいまぐらい言いなさい」

 リビングのドアを開けると、けたたましい妹の泣き叫びと、それに掻き消されない母親の刺すような言葉が同時に飛び込んできた。

 言ったけど、なんて口答えはどうせ届いていない。

「あありっちゃん、ちょーっとだけ待ってて。
 ねえ、手洗い済んだらオムツ替えて頂戴、かあさん揚げ物で離れられないから」

 私には目もくれない、言葉だけで操れると思っているのだ。

 私は返事をせず真っ直ぐ洗面所に向かった。

 「返事ぐらいしなさいっての」ぶつぶつ言い捨てるのさえ慣れたが、私の心の仄暗い奥底でそれはちり積もっている。

 無視できたら、なんて事はもう何遍なんべんも思っては消してきた──

 うがいをしようとして左脚に衝撃が伝う。妹が私の後を追ってしがみついてきたのだ。

 うぎゃあ、うぎゃあ、恐竜みたいな声を出してよだれや鼻水を擦り付けようとするのを、私は咄嗟に避けた。

 その拍子に妹はべたんとうつ伏せに倒れ、膨らんだお腹がクッションになって顔は打たなかったと思うが、ぎゃああ、声量を上げてきた。

「ちょっともう! 何をしているの!? ちゃんと見てよ!
 ああもういいから、母さんがやるから、あんたはテーブルの上の物片付けて頂戴」

 母親がすっ飛んできて私を払いのけ──私の心にさっと影が差す──さあお顔とお尻を綺麗にしようねと、てきぱきと世話をした。

 エビフライの香りがするダイニングに入り、言われた通りテーブルの上にあった雑誌やら新聞やらを片付けた。

 そして、言われてはいないが母親がいつもしている通りに台拭きでテーブルを拭いた。

 感謝の言葉をくれないのを知っている私は、何故自分はこんな事まですると冷笑した。





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