ボーダーライン〈後編〉

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 きっかけはない…いや、あれがそうなんだろうか。

 僕が社会人になって間もない時に、街中でバッタリせーちゃんに逢った事があった。

 その時僕は先輩について研修中で、

「え? 誰? あの綺麗な人。木庭の彼女?」

 と聞かれて、違うと慌てて首を振ったら、

「そうなん? じゃあ俺、彼女にアタックしちゃおかな。木庭、間取り持ってよ」

 なんて言われてしまって、いいですよと言ったものの、僕の中で得体の知れないモヤモヤが出始めた。

 その先輩の他にも、せーちゃんの事を気に入ってアプローチをする人が何人かいた。

 社会に出て初めて知った、せーちゃんの魅力。

 でも当の本人は「気持ちは嬉しいけど、今は仕事が楽しくて恋愛とかそういうのはいいや」とか言って、適当にあしらっていた。

 自分の気持ちに気付いた僕にとってそれは、かなりキツいものがあった。

 このままでいいと思う一方で、どんどん膨らんでいくせーちゃんへの想いに戸惑いを隠せない。



「ノブキー、お待たせ」

 待ち合わせの駅で、せーちゃんが改札を抜けて柱に寄っ掛かっている僕の所に駆けてきた。

 せーちゃんはすっかりノブキ呼びに落ち着いた。まぁ社会に出た男をいつまでもからかっていられないんだろう。

「そんな待ってないし。どこで食べよう?」

「いいよ、いつものとこで」





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