ボーダーライン〈後編〉
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ふと、ホールの隣にある公園に視線が行って、あぁ、桜が咲き始めたなと目を細めた時に、
「いた!
コ…ノブキ!」
後ろから、聞き慣れた声なのに呼ばれ慣れない名前が飛んで、一瞬頭が混乱した。
振り返ると、せーちゃんが友達と一緒にいて、ぶんぶんと卒業証書の入った筒を振っていた。
そして、友達に「ちょっと待ってて」と言って、僕の所に駆けてきた。
「せ…槙村センパイ。
卒業おめでとうございます。
…答辞のコト、聞いてなかったですけども?」
底の高いブーツを履いているからか、せーちゃんの目線がいつもより上で、普段は下からジロリと睨みがちなせーちゃんの眼差しがいつもより柔らかく感じる。
「んな。見てたの? ていうか、会場に入ってたの?
物好きだねー。
あとそれ。
ナニ、そのよそよそしい感じ。
センパイなんて一度も言った事ないクセにー(笑)」
「そっちが先に気を遣ったクセに(笑)
あ、ハイこれ。
大したものじゃないけど、卒業祝いと今までのお礼に」
せーちゃんの前に紙袋を突き出した。
せーちゃんが上から覗いて、「わぁっ」と声を上げる。
せーちゃんにプレゼントしたのは、春らしい彩りのミニブーケ、玄関に飾れるような箱に入ったプリザーブドフラワー、せーちゃんに似合いそうなスカーフ。
せーちゃんはミニブーケだけ袋から取り出して、「かわいい」と呟いてそれをしばらく見つめていた。
「清佳まだー?」と遠くから友達が呼んで、「ごめん今行く」とせーちゃんは短く返事をした後、
「ありがとうね。
お祝いも。ノブキが入学してからの2年間も。
また時々、ご飯でも食べに行こう。
社会で疲れたあたしを労ってちょーだい(笑)」
僕の背中をバシバシ叩きながらそう言った。
「いたっ、いたっ…疲れる前提?(笑)(笑)
まぁ、また落ち着いたら、いつでも連絡してよね」
「オッケー。
そんじゃあね…おわっ」
友達の方へ振り返った瞬間、せーちゃんが変な風に足を捻ってカクンと膝を落としたから、僕は咄嗟にせーちゃんの後ろから肘を持ち上げて支えた。
それだけではせーちゃんのよろめきを抑えられず、せーちゃんの背中が僕の胸元に寄っ掛かる。
「大丈夫? 気を付けてよね…」
せーちゃんの耳のそばだったから、なるべく小声で喋った。
「あ、あー。平気平気。うん。
じゃあねコバッキー。そっちこそ気を付けて帰んな。
ほんと、わざわざここまでありがと。
バイバイ!」
僕からサッと離れて、ミニブーケを持っている手で耳を押さえながら早口で喋るせーちゃんを、不思議に思いながら見送った。
あれ、結局コバッキーに戻ってるし(笑)
「またね、せーちゃん!」
きっとこれが大学生活で最後であろう、彼女の愛称を叫んで、手を振った。
この時に…せーちゃんの中で何かが動いたなんて事は…僕が知るはずもなくて。
それを知るのは、もう少し先の話。
…