ボーダーライン〈後編〉
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別に式が終わる頃を見計らって会場前に到着でもよかったんだけれど、入学式と同じホールだったのでなんとなく、懐かしさに駆られて入ってみたくなった。
余裕を持って出たのに、式が始まる5分前に滑り込めた。式が始まってしまうと何人たりとも中には入れて貰えないので、本当にギリギリだった。
学生証を受付に見せ、芳名帳に氏名を記す。
扉を開けて中に入ると、「すぐに始まりますので」とスタッフの人が閉じられた扉の前を塞いで、奥に行くようにと僕を促した。
卒業生以外の椅子はほぼ埋まっていて、僕は立ち見席で式の様子をぼんやり眺めた。
(あっいた)
見つけようという意図はなく、何とはなしに卒業生席を流し見していたら、最前列の一番端っこにせーちゃんが座っているのを見つけた。
と同時に、
「答辞。卒業生代表、英文学科4年槙村清佳」
という言葉がマイクを通り、僕はぎょっとした。
はい、とよく通る声でせーちゃんは返事をしてステージに上がり、堂々と答辞の句を述べた。
僕、何も聞いてなかったんですけど、と思いながらも、こんな遠くなのに、袴姿のせーちゃんが眩しくてかっこよくて、何か誇らしい気持ちでせーちゃんの晴れ舞台を見届けた。
閉会の挨拶を待たずに会場の外に出ると、お世話になった先輩達とのお別れに駆けつけた在校生達が沢山いた。
ほどなくして卒業生達もぞろぞろと外に出てきて、ホール外の広場があっという間に埋め尽くされた。
せーちゃんはどこだろうと目を凝らしていると、とある一角で登山サークルのメンバーが固まって居るのを見つけた。
一瞬息を飲んだ。
紡木さん。
松堂さん達卒業生の為に駆けつけたのだろう。
1年以上振りに見る彼女は…もう、出逢った頃の可愛らしい雰囲気はなかった。
心もざわつかない、気持ちはすっかり過去に出来たんだとはっきり分かった。
またせーちゃんを探そうと目を逸らした時、別の視線とぶつかった。
サークルの皆の所へ行こうとしている、松堂さん。
松堂さんは僕を認めると、驚いたのか目を軽く見開いた。
一応お世話になった手前、その場でペコリと頭を下げた。
紡木さんの事であんなに気持ちを揺らされたのに、彼に対しても何にも思わなくなっていた。
松堂さんはそんな僕を複雑そうに見たが、最後にふっと笑って軽く手を上げて、サークルの皆の輪の中に入っていった。
それでもう、僕と紡木さんと松堂さんの事は終わったのだった。
…