ボーダーライン〈後編〉

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 助手席のドアを開けて、車に乗り込んだ。

 車内はこの地域のローカルFMが流れていて、どこか別の局のパーソナリティーをゲストに迎えて、色んな話をしていた。

「適当に流してるけど、音楽の方がいい?」

 そう言って槙村さんは後部座席の足回りに手を伸ばして、CDの入ったラックを手繰り寄せた。

「いい、いい。俺もラジオにしてる事が多いよ。
 あ、このゲストの人、去年の夏の海で出張ラジオやってた人だ」

「ふぅん」

 槙村さんが聞き流してくれたからよかったけれど、ふいに夏の思い出に触れて、僕の心の奥がちくんと刺さった。

 あの頃は…あんな経過を辿って今こんな風になってるなんて、微塵にも思わなかったのにな。

「で…何食べに行こうか?」

 話題を変えて、槙村さんに問う。

 てっきり夕飯メインだと思ってたから、槙村さんが発した提案に僕は驚いた。

「あのさ。ごはんはどこかドライブスルーで買うでいい?
 あたしさ、行きたいとこあって…ちょっと遠いんだけどさ。
 付き合って貰えると…助かるんだけど」

 運転席のドアのポケットに差し込まれていた分厚い地図をパラパラとめくりながら槙村さんは言って、最後に僕の顔を見た。

「まぁ…いいけど。
 どうせ…やだって言っても行くんでしょ?(笑)」

「(笑)(笑)」

 僕の受け答えに槙村さんは声なき声で肩を揺らして、「じゃ、出発~」とスルスルと車を発進させた。

「せーちゃん…運転巧いね?
 ていうか、女の人が運転する車に乗る自体が初めてだけど(笑)」

「ハッハッハ。そーいやあたしも、男を助手席に乗せたのコバッキーが初めてだわ(笑)
 まあね~、就活始めてからほぼ毎日運転してるから。大学にも、これで通学してるし」

「ええ? ずるい、俺も車持ってるからそうしたい」

「ハッハッハ。車の通学は3年からだからね。残念でした~(笑)」

「もう…で、この車は? やっぱり買ったの?」

「いやー、これ、実家の買い物の足だったんだよね。親も兄弟も乗らなくなったから、あたしが貰った」

「あ…だからオフロード? せーちゃんとこ、雪凄いんだったよね」

「そうそう(笑)
 コバッキーの車はどんなの?」

「俺のはねぇ、知り合いから中古で買ったんだけど、2ドアのスポーティーなやつ…」

 たわいもない会話をしながら、流れる景色を眺めながら、視線が交わらなくても槙村さんの表情が手に取るように分かるこの雰囲気が、すごく有り難いと思った。

 今までの事をどうやって槙村さんに切り出したらいいんだろうと悩んだけど、今はそれは無理に考えなくていいのかななんて気さえした。



 槙村さんの車は有料道路に少し乗り、山の方へと向かっていた。





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