ボーダーライン〈後編〉

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 (★)

「…もしもし。なっちゃん?
 …ゴメンこんな遅くに…寝てた?」

『ノブくん…いや…寝てたわけじゃないけど…
 今、ちょっと…手が離せないんだけど…
 どうしたの…?』

「なっちゃん…さっき飲み会終わって…
 …ほら、俺なっちゃんと全然話してなかったし…」

『そう…だね…
 …ね…後でこっちから掛け直すから…』

 紡木さんが戸惑う声でそう言うのを聞きながら、僕は駅の改札の太い柱に隠れて、話を続けた。

「そういえば、さぁ…
 松堂さん、最後まで戻ってこなかったんだ…
 なっちゃん送って貰った時に何か言ってなかった…?」

『え…あ…』

 紡木さんが息を飲んだ。

 わかってるんだ。

 そんな事聞かなくたって。

 今、彼女がどんな状況下だなんて。

 わかってて…わざと聞いているんだ。

『……』

 長い沈黙の後、紡木さんが何か言うのにすうっと息を吸った時、ピッという音の後ガガガッと雑音がして、ゴトリと鈍い音がした。

 そして受話器の向こう側から、

(悪い子だな奈津…楽しんでる最中に、よそのヤツに電話かよ…)

 松堂さんの冷ややかな低い声が飛んだ。

(けんちゃ…ちが…っ…友達…かかってきただけ…
 も…切ったから…)

 紡木さんの勘違い、あのボタンの音は電話を切ったつもりだろうが、通話はまだ続いていた。

 紡木さんの言葉を信じたのか、松堂さんは電話に近づかなかったみたいだ。

(ふぅん? …じゃ、続きを楽しもーぜ?)

(ああああん…っ)

 紡木さんの喘ぎが始まる。

(奈津…
 おっぱいやわらか…
 ココぬるぬる…
 純情そうな顔して…やらし…)

(やああぁぁん……っ!
 けんちゃん…っ、ああん…
 すき…すき…っ
 ……好きって言ってぇ……)

(…言わなくたってわかるだろ…?
 …ほら…もっと啼けよ…!)

(ああん、ああん、ああん…っ!──)



 僕は…二人の一部始終を全て聞いて、自分から電話を切った。

 僕は松堂さんと同じ様に紡木さんを啼かせられる、けど、紡木さんに好きを貰えない。

 それがたまらなく悔しい…

 【けんちゃん】を【ノブくん】にそっと置き換える。



(ノブくん…っ、ああん…
 すき…すき…)



「なっちゃん…
 俺もすき…
 俺もすき…



 俺のことだけ…みてよ…」



 下半身の疼きを必死に抑えて、僕はその場に膝を抱え込んだ。





 駅員さんに見つかって、「大丈夫ですか? 具合悪いですか?」と声を掛けられた時は、もう日付が変わっていた。





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