ボーダーライン〈後編〉

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 木枯らしが身に染みるある日、神保さんが急用でその日一日休んだ。

 別の社員の人に代打を頼んでいたけれど、僕が勤務に入るまでしか居られなかった。

「ここまでですまないね、別の所でもヘルプを頼まれてるんだ。
 ここの事は君が粗方把握してるって神保さんから聞いてるけど、任せて大丈夫かい?」

「あ、はい…神保さんに指導して頂いてます…今日みたいな事も予め、困らないようにって…他のバイトも一人いるんで、頑張って乗り切ります」

「うん、うん。気負わずいつも通りやれば大丈夫だから。もし何かあったら、遠慮せず連絡をくれ」

「はい、分かりました。お疲れさまでした」

 通用口でそう短くやり取りをして別れた。入れ違いでもう一人のバイトの子が来た。

 始めたばかりの子、城田しろたくん。僕が教育係になっている。

 違う学部で同じ1年だけど年下。僕が浪人生だったのを知って「木庭さん」と呼ぶ。でも他はタメ口だ。

「えぇ? 今日一人で回るの? まだ2、3回しかやってないのに無理だよ。それに今日は予定があるから、残業とかなったら困るし」

「そこをなんとか、頑張って。いつものルートで、出来る所までお願い。
 僕は神保さんルートをやってからそっち手伝うからね」

 不平タラタラの城田くんをなだめて、僕は今日の仕事に取り掛かった。

 こんな態度の彼、以前の僕だったら腹わた煮え繰り返っただろう。

 でも神保さんならそんな空気を見せないんだ、穏やかな神保さんが僕の目標だった。



 戸惑いながらも神保さんルートをなんとかこなし、城田くんの所へ戻ると、彼は僕を見てほっとした顔をして、

「木庭さん! オレ、もう上がる時間なんだけど」

 と叫んだ。

 さっき書店での作業を終えた所、資料の届け先はまだ半分近く残っていた。

 僕だっていつもなら、この時間帯は神保さんとお茶して寛いでいるのに。

「ここまでありがとう、後は僕が引き継ぐから。お疲れ様」

「ほんと? やったぁ。じゃ、お疲れ!」

 城田くんはにんまりと笑って、台車を僕に押し付けて颯爽と去っていった。

 僕ははぁ、と溜め息をついて、スマホを出した。今日司書の仕事をしているはずの紡木さんにメッセージ。

【ごめんね紡木さん、今日は人手が足りなくて、資料届けるのが遅くなります。
 閉館までには必ず行くので…本当ごめんなさい(>_<)】

 すぐに既読がついて、すぐに返事が来た。

【連絡ありがとう。ノブくん大丈夫? 時間は気にしないで、焦らないでね。ちゃんと待ってるからね(*˘︶˘*)】

 せーちゃんとは大違い、気遣いたっぷりの紡木さんのメッセージに力を貰って、あともうひと踏ん張りだと気合いを入れた。





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