ボーダーライン〈後編〉

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 図書館での作業が終わり、僕は逃げるように外に出た。

 若干暴走気味に台車を押して、「オイこらぁ! 危ねぇだろ!」と罵声を浴びせられても止まらなかった。

 図書センターの敷居に入る前に、遠くを松堂さんが友達と一緒に歩いているのを見かけた。

 松堂さんがこちらを向きそうになったので、僕は慌てて視線を落として、図書センターの建屋に入った。



 今日の仕事はこれで終わり。

 いつものように帰る前の一服をする為に事務室の扉を開けると、神保さんと槙村さんが先にお茶をしていた。

「おぅ木庭くん、今日は遅かったな? 何かあった?」

 神保さんが明るく声を掛ける。

 神保さんはお父さん、槙村さんは姉ちゃん、そんな雰囲気のこの場所が、僕にはすっかり安らぎの場所となっていた。

 だから…無意識に言葉が零れた。

「神保さん…俺…飲みに行きたいです…」

 神保さんと槙村さんが一斉に目を丸くして、長いこと顔を見合わせたが、

「じゃあ…行くか! 先月のキャンセルの埋め合わせをさせてくれ」

 膝をポンと叩いて神保さんは立ち上がった。

 槙村さんはルンルンで神保さんの隣を歩いて、その後ろを僕は静かについていった。



 先月槙村さんと行ったお洒落なダイニングバーとは対照的な、the・居酒屋なお店に入って、美味しいごはんと美味しいお酒をたらふく頂いた。

 お酒に強かったはずの僕は、この日ばかりはものの数杯で酔っ払った、と言っても強烈な睡魔がきたってだけで、周りに迷惑をかけたとかではなかった。

 テーブルに突っ伏してウトウトしていたら、カバンの中でスマホがブルッと振動したのを聞いたけれど、眠過ぎて腕が動かなかった。

 それから、食べながら神保さんと槙村さんが、

「コバッキー、どーしたんだろうね? 酔って何か言うかと思ったけど…言わんかったね」

「まぁ…そっとしてやろうな。無理矢理聞くのも…よくないだろ」

 とボソボソ話すのを聞いて、あれこれ聞かれずに済んでよかったと思いながら、意識を手放した。



 次に目を覚ました時は、僕は神保さんと槙村さんに両脇を固められながら駅のエレベーターに乗っているところだった。

 「もう大丈夫だから! 一人でちゃんと帰れます!」と息巻いて、ちょうどホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

 ドアが閉まって、見送ってくれた神保さんと槙村さんに手を振った。

 二人は微笑みながら手を振り返してくれて、その姿は次第に小さくなっていった。



 ガタンゴトン、電車に揺られながら、大分意識がハッキリしてきたので、居酒屋にいた時に送られてきたメッセージを開けた。

 紡木さんからだった。



【ノブくん、今日は本当に、迷惑かけてごめんね。
 あのね。あの時ね。
 私、松堂さんに付き合おうって言われてね。



 付き合うことになったんだ】



 ゴーッと電車がトンネルの中に入った。今の自分の心ん中みたい。



(そんなんじゃないって、言ったクセに。
 …ウソツキ)



 そう頭の中で呟きながら、



【そうなんだ! おめでとう! お似合いだよ(*^^*)】



 心にもない言葉を送信した。





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