ボーダーライン〈前編〉
6/52ページ
まだ、サークル勧誘の呼び込みは続いていた。
「さっき貰いましたから」とビラの嵐を避けながら突き進む。
「ちょっと君、落としたよ」
「えっ」
肩を軽く叩かれて振り向くと、170cmの僕とほぼ同じ高さの、僕とは違ってガッチリした体の男の人が、にんまりと笑ってポケットティッシュを差し出していた。
僕、ティッシュなんて持ってきてない。
「あの、俺のじゃないと思うんですけど」
「いいから。持っとけよ」
握手でもするかのように、彼は僕に強引にポケットティッシュを握らせた。
そのポケットティッシュの底面に、【○○サークルにおいでませ!】と手書きで書かれたビラが、小さく折り畳まれて入っていた。
「え、あ、サークルの勧誘…?」
受け取らざるを得ないこのやり方に、思わず苦笑いする。
「他からもいっぱい貰ってるとは思うけど。
こういうの、けっこう印象残るでしょ? っていう作戦(笑)
ってわけで、まぁ、時間ある時に読んでみて。
ちょっとでも気になったらいつでも見に来なよ、大歓迎よ」
彼は下から覗き込むように僕にそう言って、すれ違い様にふっと俯いた時に、こう続けた。
「一年遅れのスタートなんて、たいしたことないから。がんばんなよ」
とても小さい声だったが、僕の耳にしっかり残った。
彼を再び振り返った時にはもう、彼はずいぶん向こうへ行っていて、同じやり方でビラつきティッシュを配っていた。
彼の名は
そして…彼が僕の今後を掻き乱す存在となると気付かされるのも…同じくらい後の話。
…