ボーダーライン〈前編〉

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 まだ、サークル勧誘の呼び込みは続いていた。

 「さっき貰いましたから」とビラの嵐を避けながら突き進む。

「ちょっと君、落としたよ」

「えっ」

 肩を軽く叩かれて振り向くと、170cmの僕とほぼ同じ高さの、僕とは違ってガッチリした体の男の人が、にんまりと笑ってポケットティッシュを差し出していた。

 僕、ティッシュなんて持ってきてない。

「あの、俺のじゃないと思うんですけど」

「いいから。持っとけよ」

 握手でもするかのように、彼は僕に強引にポケットティッシュを握らせた。

 そのポケットティッシュの底面に、【○○サークルにおいでませ!】と手書きで書かれたビラが、小さく折り畳まれて入っていた。

「え、あ、サークルの勧誘…?」

 受け取らざるを得ないこのやり方に、思わず苦笑いする。

「他からもいっぱい貰ってるとは思うけど。
 こういうの、けっこう印象残るでしょ? っていう作戦(笑)
 ってわけで、まぁ、時間ある時に読んでみて。
 ちょっとでも気になったらいつでも見に来なよ、大歓迎よ」

 彼は下から覗き込むように僕にそう言って、すれ違い様にふっと俯いた時に、こう続けた。

「一年遅れのスタートなんて、たいしたことないから。がんばんなよ」

 とても小さい声だったが、僕の耳にしっかり残った。

 彼を再び振り返った時にはもう、彼はずいぶん向こうへ行っていて、同じやり方でビラつきティッシュを配っていた。



 彼の名は松堂まつどう剣佑けんすけ。それを知るのはもう少し後。

 そして…彼が僕の今後を掻き乱す存在となると気付かされるのも…同じくらい後の話。





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