ボーダーライン〈前編〉

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 世間一般のお盆に入って、大学の構内は一層閑散とした。

 その時期は僕のバイトも盆休暇として強制的に休みになり、その間に、貯めたバイト代で眼鏡を新調した。

 アンダーリムタイプのシルバーフレーム。

 コンタクト姿にも憧れたけど、紡木さんに貰ったケースを使いたくて、何より、紡木さんが眼鏡の方がいいって言ってくれたから。

 でも、あの夏の海でちょっと調子に乗ったのもあって、なるべく素顔に違和感のないものを選んだ。

 小学校の高学年からずっと太い茶淵の眼鏡だった自分と、やっとサヨナラをした。十代最後の変身。



 お盆が明けて数日後、バイトでいつものように書店を回ると、久しぶりに槙村さんがカウンターに座っていた。

「あ、あ、あー?
 コバッキーが…色気づいてる!!」

 槙村さんがでかい声を出したので、店内のお客さんが全員振り向いた。

「ちょっ…せーちゃん、ボリューム落として! 恥ずかしい!」

 突き刺さる視線に耐えられず、僕はヒソヒソ声で槙村さんに抗議した。

「えー?
 へぇー?
 会わない間に一体ナニが…ノブちゃんにあったのでしょうかねぇ?」

 槙村さんは声を落としてニヤニヤする。ナニがノブちゃんだ、呼んだことないクセに。

 わざとらしく探偵さながらに、顎に手を宛てて僕を眺めた後、

「いいじゃん? かっこよくなった」

 槙村さんはニヒッと笑った。

「…あざっす」

「あー? なんだその反応は。誉めてんのに」

「せーちゃんに言われても、ねぇ(笑)」

「あー? あたし、滅多に言わないよ、こんな事。有り難く受け止めてほしいトコよ?(笑)」

「ハイハイ。アリガトウゴザイマース」

 まだ何か小言を言っている槙村さんをスルーして、僕は荷ほどきの作業に入った。

 作業をしながら、その言葉は紡木さんから貰いたいな、なんて考えた。

 早く今の自分の姿を見て貰いたかったけど、紡木さんは、海に行った数日後に実家に帰って、そのまま後期が始まる直前まで戻らないらしかった。





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