ボーダーライン〈前編〉
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「…あっ、わぁ、かわいい。しおり?」
「そう」
シルバー製のブックマーク。背表紙に引っ掛けた時に、先端のクローバー型のチャームがイヤリングみたいに揺れる。
「紡木さん、本沢山読むかなぁ…なんて単純に考えてゴメン」
「ふふ…うん、呆れるくらい読むよ(笑) ありがとう。大事に使うね」
嬉しそうに口元を緩める紡木さんに、心から安堵した。
そのまましばらく二人で立ちながら、皆が花火で盛り上がっているのを遠くから眺めた。
「花火…もうしないの? もしかして、酔いがきつい?」
「アレ、分かっちゃった? フフ、そう、今日はちょっと飲み過ぎちゃったなぁ…」
暗がりでも紡木さんの頬が赤いのが目立つ。そんな所も可愛い。
「あっそうだ! 忘れるとこだった、ノブくんコレ」
そう言って紡木さんがハーフパンツのポケットから出したのは、松堂さんに取り上げられたままだった僕の眼鏡。
「剣ちゃんが取っちゃったって? ごめんね、昔っからイタズラ者だから…ちゃんと怒っといたからね(笑)」
「あは…そうなんだね、ありがと」
酔っぱらっているせいか、紡木さんは呼び直しをしなかった。
剣ちゃん。
この呼び名に乗った彼女の気持ちを想像するだけで、僕の心に突き刺さる。
プレゼント交換までしたというのに、彼らの距離に全く近づけない気がした。
「あっ。ノブくん、やっぱり眼鏡してる方が、ノブくんらしい」
いつもの太い茶淵の眼鏡をかけると、紡木さんが泣き袋の目をして笑った。
ぼやけた視界がクリアになったように、さっきまでのモヤモヤもどこかへ行ってしまった。
急に照れくさくなって空を見上げると、裸眼では気付かなかった、降り注ぎそうなほどに夏の星たちが輝いていた。
「うわ…ぁ、星、こんなに出てたんだ?」
「ふふっ…そうだよぉ、綺麗だね」
僕の言葉に紡木さんは笑いながら空を仰いだ。
皆の花火のフィナーレも耳に入らず、僕たちは吸い込まれるように夜空に魅入った、「よーし、そろそろ撤収するぞー」という松堂さんの号令に紡木さんが気付くまで。
こんなに綺麗な夏の夜は、僕は初めてだった。
僕の隣に紡木さんがいたことを、僕はずっと忘れないだろう。
…