ボーダーライン〈前編〉

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「うわ…コバッキーがきもちわるーぅ」

 待ちに待った週末。

 見学がてらにと誘われた、登山サークルの飲み会。17時から駅ビルの居酒屋で。

 18時までバイトを入れていたのを忘れて溜め息をついていた所を、神保さんが途中引き継ぐからと言ってくれた。

 時間通りに行ける事になった喜びが顔に出ていたらしい、槙村さんが怪訝な眼差しを向けた。

「ふっふっふっ」

「だから、きもちわるっ」

 今日は槙村さんに何を言われようと構わないや。

「俺、この後すぐ飲み会なんですよね。ここ最後まで手伝えないんで、宜しくです」

 陳列する本を段ボールから出しながら僕が言うと、槙村さんは「はー?」とあからさまにしかめっ面をした。

「入れ違いで神保さん来ますよ」

「えっ神さん来るの! やだなあもう、早く言ってよ。あ、コバッキーもうあがっていーよ」

 ナニその身代わりの早さ。鼻歌なんかしちゃって。

「ん? でもコバッキー、飲み会? お酒飲んでいい歳だっけ?」

「あ…いや…まだですけど。ソフトドリンクで我慢します」

「だはは。ソフトドリンクで済むわけないじゃん。今日だけハタチで、覚悟して行ってくれば」

「はぁ、そうなんですか? …あ、神保さん来た。じゃあ俺あがります。お疲れ様でした」

 神保さんがお疲れ、と言いながら書店に入ってきたので、僕は素早く帰り支度をした。

「コバッキー! あと1年してハタチになったらさぁ、あたしと神さんとで堂々と飲みに行こうね」

 自動ドアを跨ぐタイミングで、槙村さんがそう叫んだ。

 せーちゃん、木庭くんは今度の夏でハタチだよ。

 えっ? そーなの? 早く言えばいいのに──

 自動ドアが閉まる直前に二人のそんな会話が聞こえた。

 槙村さんには一浪だって事は何故か言いたくなかったから(というか言う必要もなかったし)今まで黙ってたけど、いざ知られてみると…たいしたことない、くだらない自分のプライドだったなと思った。

 ただ、今から向かう飲み会で、その辺りを突っ込まれたらどうしようと、またくだらないプライドを持ってしまうのだ。

 キミ、一浪だって?

 視線を注がれるのを想像して──鬱々としながら、僕は会場へと向かった。





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