ボーダーライン〈前編〉

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「ええと…入学したての頃に、ビラ配ってたのを貰いました。
 あんなちょっとの時間だったのに、よく覚えているなぁ…
 松堂さん…っていうんですか?」

 遠ざかっていく彼の背中を見つめながら僕が言うと、

「そうです。松堂剣佑さん。登山サークルの部長です」

 【紡木】さんはパッと顔を明るくして言った。まさか、もしかして? また、黒いものが渦巻く。

「あの、じゃあ、失礼します…」

「あっ、ちょっと待って!」

 バックヤードへ引っ込もうとしたら、彼女に大きな声で呼び止められて驚いた。

 彼女も言った後でハッと口を押さえて、それから…僕にそっと近づいて、小声で話した。

「あの…サークル、興味ありますか?」

「へ」

「登山サークル。登山といってもね、まあ、松堂さんみたいにロッククライミングする事も…これは一部の人だけだけど。
 普段は週1で集まって、月1で出掛けたりするんですよ。近くの山へハイキングしたり、飲みに行ったり。
 それでね、次の週末に飲み会があるんです。よかったら…来て下さい。
 あっ、もちろんサークルに入れというワケではなく…見学がてら。気に入ってくれたら嬉しいけど」

 一生懸命に話す【紡木】さんをじっと見つめる。やっぱり可愛い。

「そうなんですか…じゃあ…行ってみようかな」

「わあ、ありがとうございます! じゃあその飲み会の詳細を…今書くので…」

 そう言って、【紡木】さんはカウンターの下からフリップボードとルーズリーフを取り出して、スマホを見ながら飲み会の会場の事を書いた。最後に、

 【松堂剣佑】【紡木奈津】

 と署名した。

「つむぎ…なつ、さん?」

「はい。サークルの皆にはツムちゃんって言われます」

「はは、そういやさっきも、松堂さん呼んでましたね。
 あ、俺、木庭信暉っていいます」

「コバノブキくん。ふふ。分かりました。じゃあ週末、会場で待ってますね」

 紡木さんが書いてくれた紙を受け取り、僕は図書館を出た。

 結局、紡木さんは僕を思い出してはくれなかったけど、今日で確実に知り合いになれたんだから、それでよし、いやそれ以上の収穫を僕は得たんだ。黒いものはとっくにどっかに飛んでった。

 全ての運搬が終わって図書センターに戻ると神保さんがいて、僕を見るなり、

「あら木庭くん、何かいいことあった? ニタニタしてる(笑)」

 と突っ込んだ。





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