ボーダーライン〈前編〉

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「神さん、ここが最後?」

「おー。何を今更? いつもそうだぞ(笑)
 木庭くん、あとひと息な。終わったらコーヒーおごっちゃる」

「やったぁ。あたし、カフェオレがいいな」

「せーちゃんには言ってませんけど?(笑)」

「またまた。いつもしてくれるくせに~(笑)」

「ハッハッハッ」

 作業中、神保さんと槙村さんはずっと喋っていた。この二人の間に入るのは、気が引けた。うんうんと相槌を打つのが精一杯。

 全ての作業が済んで、神保さんが近くの自販機に行ってしまったので、途端にシィンと静まり返った。

 この雰囲気、嫌。

 何か会話しないと、と思うが、槙村さんは槙村さんで何か別の作業を始めてしまったので、声を掛けづらい。

 神保さん早く戻って来ないかな、とチラチラと外をうかがっていると、

「そこ、座っていいよ」

 レジの横の予約カウンターの丸イスを、槙村さんは顎で差した。

「えっ、でも、お客さんが座る所じゃ…」

「ブツクサ言わない。あたしがいいって言ってんの。黙って座っときゃいいの。あ、待てよ、ありがとうぐらいは言ってよね(笑)」

 最後の方は、何でか知らないけど自分でウケてて、笑いながら言っていた。

 じゃあ…ありがとうございます、とオズオズと丸イスに腰を沈めた。

「え…と、木庭くん? だっけ?」

「あ、はい」

「下の名前は?」

「へ?」

「し、た、の、な、ま、え」

「はあ、信暉、ですけど」

「ほー。コバノブキね。コバノブキ…
 うん。
 コバッキーにしよう! ひゃはは。
 あっ神さーん、あたし、この子コバッキーって呼ぶ事にした(笑)」

 またウケてる。正直嫌だったが、言っても聞かなそうで、うちの母親みたいだ、と思ったので、放っておくことにした。





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