レンズの向こう側
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その男はゴーグルを額の上に上げて、あたしに手を差し伸べてきた。
すっごいニヤニヤしてる…あたしを初心者だと思っているな。
男の手に触れたくなくて、あたしは拾われたスティックを握って立ち上がった。
「ありがとう…ございます。あの、もう平気なんで…スティック返して貰えませんか」
スティックの先を下に下ろしたいのに、男はまだスティックを離さない。
それどころか、ずいっと距離を詰めてきて、
「ひとりで滑ってるんですか? もしよかったら教えましょうか? 僕、インストラクターの資格持ってるんでぇ…」
うわあ、今時こんなベタベタなナンパをする人なんているんだ。
なのにいざこうして直面すると、意外に動けなくなるもんなんだな、きもちわるすぎて(苦笑)
「いやあの、悪いけどツレがいるので…」
「あっお友達も一緒? ならまとめて教えてあげるから…」
ん? 女子グループで来てるって思ってる? 何でツレ=彼って思わないんだろう。
スティックをやっと離してくれたと思ったら、今度はあたしの背後に回って、ウェアの上からペタペタと触りだした。
「(ぎゃっ)!」
「滑る時の姿勢はね、膝をこう…」
いらんいらん、そんな初歩の指南いらん。
そう思うより先に悪寒が走って、スティックで男を向こうへ押しやりたいのに、体が動かなくてそれが出来ない。
「それでぇ、スティックはこう、添えるだけで…」
男が調子に乗って、抱きつく形であたしが持っているスティックのグリップを握った。
男の重みをほんの少し感じて吐き気がした瞬間、
「わわわ~~~っ、せーちゃんストップストーーーップ!!」
ノブキの声が、わりと近くから飛んできた。
そちらに視線を移すと、ノブキがへっぴり腰で真っ直ぐにこっちに滑降してくる、ボーゲン(八の字)でそんなスピード出てるってどういうこと?(笑)(笑)
笑ってしまう前に、あたしはその場をさっと離れた。
あたしに寄っ掛かっていた男は、えっ? って顔をしてバランスを崩した。
そこを思いきり…ノブキが突っ込んだ。
…