風結子の時計

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 ──風結子のり所が全て失くなる日を、遂に迎えた。

 風結子が生家に戻って数週間は平和だったのだ。

 それが、5月の終わりに一転した。今までと比べ物にならない、大規模な空襲。

 工場勤労へは家から通いだった風結子は、夜勤明けで電車で帰る所を、敵機に狙われた。

 慌てて電車を飛び降り、周りの悲惨な状況に目もくれず、家へ一直線に駆けていった。

「風結子さん、そっちはもうだめだ、避難しなさい」

 近所の駐在所の男の言葉にも耳を貸さなかった、家に辿り着いた風結子が見たものは。

 燃え盛る、崩れ落ちていく生家。

 瓦礫の下から出ていたふたつの手。

「風結子さんっ、こっちに来るんだっ」

 風結子を追ってきた駐在所の男に両脇を抱えられながら、風結子は痛いぐらいに目を見開いて、この光景を焼き付けた。

 風結子は訳の分からない咆哮を上げたが、うねる熱気と煙と炎の轟音で全て掻き消された。



 風結子がやっと冷静を取り戻した時には、風結子は集団避難所となっていた公民館の一室に地べたに座っていた。

 手には、いつ渡されたのかも分からない、避難品の数々が乗せられていた。

 父が死んだ、母が死んだ、工場もきっと壊滅された、自分はこれからどう生きればいいのだろう。

 風結子の心が死んでしまいそうな、そんな時でさえ、榮太郎の腕時計は、カシャ、カシャ、規則正しく時を刻んだ。





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