風結子の時計

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「──もう横浜に入ったわよ、風結子さん」

 肩を揺さぶられて、はっと意識を取り戻した風結子。

 そうだ横浜の家に帰る所だった。榮太郎の事を思い出して、トラックの揺れでいつの間にかうたた寝を…懐かしい頃の夢を見ていたようだ。

 荷台に載っていた少女達は、自分の目的地の近くまで来ると自由に降りていった。

 最後まで残っていたのは風結子、全員が降りるのをずっと待っていた。腕時計のネジを巻きたかったからだ。

 疎開先でも忘れず毎日巻いていたのだが、榮太郎が決めていた時間に間に合わない事が沢山あった。

 その度に寿々子の家や学校の時計を見ながら正しい時間を合わせていたけれど、いつしか時計自体が無くなっていって…金属類回収令による…自分の体内時計だけが頼り、正確な時間はもう分からなくなっていた。

 それでも、風結子は毎日ネジを巻いた。

 巻かなければ、時計が動いていなければ、時計に宿っている榮太郎の魂が今度こそ無くなってしまうと、風結子は怖れた。すがりたくてたまらなかったのだ。



 無事に家に着き、風結子は両親と再会出来た。

 幾度か空襲に見舞われたにもかかわらず、親も家も失わずに済んだ──これがどんなに幸福なことか。

 家に着く前に榮太郎の家の前を通ったが、家はきれいに無くなっていた。

 両親が言うには、榮太郎の両親は他へ移り、時計店も閉めて、建物疎開(空襲による火災の延焼を防ぐために建物を取り壊して空間をつくる作業のこと)で解体したということだった。

 風結子は、榮太郎の遺骨に手を合わせる機会を完全に失った。





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