風結子の時計

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小母おばさん、こっちの方が駅に近道」

 風結子はとっさに動線を変え、榮太郎の家の前を避けた。

 「そうなのかい、知らなかったよ」寿々子は何も疑わず風結子に従った。

 十数分して知った道に出ると、「ああ本当、こっちのが近かったね」寿々子がまた前を歩くようになって、ここでようやく風結子は空気を吸えた。

 あれからずっと心臓が鳴り止まない。

 榮太郎が死んで帰ったなど、信じたくなかった。

 「おめでとうございます」の言葉に榮太郎の両親が「ありがとうございます」と頭を下げるのを、見たくなかった。

 榮太郎の母親が泣くのを堪えて顔を真っ赤にしているのを、気付きたくなかった。

 カシャ、カシャ、防空頭巾の内ポケットの中で榮太郎の腕時計の秒針が時を刻む。

 もし家の前を通ってお悔やみを申し上げていたら、榮太郎の遺品としてこの腕時計を返してしまわなければならなかったかもしれない。

 それが筋であると分かってはいたが、

(ふうちゃんにしか頼めない、いいか?)

 あの時の榮太郎の言葉が、不謹慎だが遺言のように思えて、自分が持っていなくてはと固く誓った。

(おじさん、おばさん、ごめんなさい)

 風結子は心の中で何度も謝りながら、寿々子と共にぎゅうぎゅう詰めの列車に乗り込んだ。





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