風結子の時計
7/12ページ
それからまた時が経って、戦時下という環境を嫌と言うほど思い知らされる出来事が、順繰りにやって来る。
風結子が14歳になったばかりの、もうすぐ新しい年がやってくるという頃の事だった。
「風結子さん、縁故疎開するんですって?」
級友が風結子にそう話し掛けてきて、風結子はうんと頷き「明日から○○村へ、乳母の
いいわね、私なんて工場へ集団動員なのに、少し嫌味に言われるのも仕方がなかった。
中等科以上の生徒はお国の為にと勤労を要された。風結子の学校の大半は工場へ、後から聞いたが武器作りをさせられていた。
風結子のそれは、初等科の子供達の集団疎開とほとんど変わりなかった。疎開先で勉学と、学校とお世話になる家での勤労。
襲撃に遭う確率は格段と減るのだから、こちらでの工場組に冷たい目で見られてしまうのも仕方がない。風結子の他にも数名いたが、同じ様な扱いを受けた。
風結子個人は、育った町を離れたくなかったのだが。そうするように手配をしたのは、他でもない風結子の両親だった。可愛い一人娘を少しでも安全な所へ、健気な親心を風結子は無視する事など出来なかった。
「風結子、準備は全部済んでいる?
その日の夜の眠る前、母が風結子の部屋を訪ねてそう聞いてきた。
「うん、大丈夫よ。手荷物も今終わった所」
行李の荷物は後日疎開先に送ってくれる事になっていた。明日はお世話になる乳母の
風結子はしっかりしてるから、向こうでも大丈夫ね、時々でいいから手紙を送って頂戴ね、母が抱きしめながら言ってくれるのを、少し恥じらいながら抱き返す傍らで、
(あ、榮兄ちゃんの時計のネジ回さなきゃ)
そんな事をぼんやりと頭の隅で思った。
…