空の兄弟〈後編〉
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「さあ、おかあさんこれから買い物に行ってくるから、お留守番お願いよ。
冬休みの宿題残ってるなら、今の内に早くやっちゃいなさい」
はあい、と勉強部屋へ籠る千恵子を見届けて、潤子は玄関で靴を履き始めた。
(戦争がお伽話になるんちゃうか?)
老人の言葉がよぎる。
この言葉を言った時、老人は灯矢少年にじゃなく、カメラのある方を向いていた。
画面の向こうの私たちを見ていたのだ!
嫌な気分だわ、戦争を知らない私たちを心の底でなじっているに決まってる。
ああ、だからあの人の気持ち悪い目を忘れることができないんだわ。
潤子は尚も葛藤する。
千恵子にはああ言ったけれど、戦争は本当はあったんだと納得してる自分も確かにいる。
でも、やっぱり信じられない、お伽話が事実でしたなんて突然言われても!
あんなDVD観なきゃよかった。
周りの皆に言ったってきっと信じやしない。
一体私にどうしろって言うの?
──そうよ、捨ててしまえばいい。
あんな尻切れの素人映画、表に出たってしょうがない。
最後に出てきたおふたりさん、きっと彼らが最終伝言者。
でもお気の毒ね、最後に観たのがこんな時代に生きる私たちで。
私のいる時代では、あなたたちの予測どおり、戦争を童話のように思っているの。
私はあの物語を観なかった事にするわ。
でも安心して頂戴。
あんな物を残さなくたって、私たちは戦争なんかしないわ。
だってこの時代の私たちは、戦争の仕方を知らないのだから。
潤子、勢いよくドアを開ける。
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