空の兄弟〈後編〉

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「いやだあ、この人、気味が悪い」

 千恵子が潤子の片腕にそっとしがみつく、可愛い小さな体がカタカタ震え出した。

 マンガ絵での物語進行はもう終わりらしい。

 徐々に黒い壁に閉ざされたかと思えば、画面は一人の灰色い、岩のように年を取った男をぽつり浮かび上がらせた。

 墨で塗り潰したような黒く不気味な空間に唯ひとり。

 岩の男はしばらく俯いていたが、やがて黒壁の向こうから見詰め返してきた。

 潤子がごくりと唾飲んで、異様に乾いた喉を潤す。

「じいちゃん」

 とっぽい様な、しかし声変わりを何度も繰り返した重みも感じる少年の声が飛んだ。

 すると、闇が次第に老人と同色になると共に背景が浮かび上がる。

 小さな書斎で老人は揺り籠椅子に座っていた。

 老人の視線が変わらない。

 どうやら先程の見詰め返しは少年の声のせいであって、画面の外の母子に気付いたからではなかった。

 そんなの当たり前だと理解する、しかし心がついてゆかない!

 なんともリアルな映像構成術にまんまと引っ掛かる、こびりつくは恐怖のみ。

 不気味過ぎる、この男。

 やはり絵ではなかった、白黒の実写である。

灯矢ともやか」

 老人は、老人とはとても思えない、鋭く輝いた目を向けた。

 どうやら少年の名前らしい、彼は映像の中に入ってきた。

 カメラをどこか机にでも置いたのだろう、少年が現れる前、派手に画像がブレた。





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