空の兄弟〈後編〉

64/83ページ

前へ 次へ


 どいつもこいつも腹立つわい。

 乳母さん以外にそういう連中がいたのかというたらそうやない、単なる言葉のあや。

 けど、この時期から俺の周りでも食べ物が不足して、腹がへっていつも殺気立っていた。

 8月に、広島と長崎にピカドンとかいうおっそろしい、なんでも70年間草木が生えてこんという爆弾が投下された時も、終戦を告げられてかなり時間が経っても、俺は空腹に耐えかねていた。

 大阪に住んでた頃に近所の奴らに憎しみを込めて「糞餓鬼」と呼ばれていた、そんな状態に近かったようだけど。



 ある日、数人のアメリカ軍兵がジープに乗ってうちの村にやって来た事があった。

 奴らはにやにや笑いながら、キャンディやらチョコレートやらガムやらをばらまく。

 地に落ちたそれらを村人たちは夢中で拾う、なかには取っ組み合ってまで奪うもんもおった。

 ほとんどを大人たちに持ってかれてしまう。

 俺たち子供は満足できる程の量を手に入れることが出来んかった。

 おこぼれを頂戴したかて腹は鳴り止まへん。

 子供は全員、目が妖しく光った。

 アメリカ人が捨てた吸いかけのタバコにふらりと手が伸びた。

 ごくりと唾飲み込んでそいつを口にもってったら、傍にいた洪助が俺の手をぴしゃりとはたく。

 ふん、お前だけカッコつけかい、子供の中ではあいつが一番冷静やった。

 いや、ただそんな風に見えただけかもしれない、洪助はいつだって辛そうな顔をしていたのだから。

 ぐしゃぐしゃにタバコを踏んづける洪助。

 あいつの足元でくすぶる煙の臭い。

 夏のうなだれる熱気。

 頭ん中でぐわんぐわんと鳴り響く蝉の声。

 思い出せば今でも胸焼けを起こす。





64/83ページ
スキ