空の兄弟〈後編〉
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すれ違い様に鷹に腕を掴まれるかもしれなかったが、風結子は別にそうなっても構わなかった。
何を言っても聞く耳を持たない、この戦争に狂った少年の手を冷たく振りほどけばいいだけの事だったから。
だけど、風結子はそう出来なかった。
掴まれた瞬間石の様に固まって、掴まれた事により自分が震えているのが分かって、それを誤魔化すように空咳をした。
風結子の状態に鷹は戸惑ったが、
「空悟のやつはどっか行っちまうし、あんたは俺を罵るし…」
自分が何を言いたいのかまとまらないのに、必死になって風結子に言葉を投げ掛ける。
この手を離したらいけない、無意識に思ってもいた。
やがて、咳のおさまった風結子が鷹を横から見上げた。
鷹の顔中を熱い血が駆けていく。
風結子の両頬が、雨に打たれた様に涙で濡れたのである。
眉をひそめ、歯を食いしばり、悲哀一杯に満ちた眼差しが印象的だった。
風結子の腕を握る彼の手に、思わず力が入る。
「どうして彼らは、兵隊さんになりたい人達は、死ぬ事を恐がらないのかな」
声を出して泣く事を我慢する風結子は、苦しそうにしゃくり上げる。
夕闇が迫り、雲が全天を覆っているせいで、姿の見えない夕日は辺りを不気味な赤に染めた。
その不気味な舞台で、風結子は鷹に、とても残酷な言葉を放ってしまった。
「あなた、きっと死んじゃうわ」
鷹の目はそんな風結子をとらえてはいたけれど、視界はぼやけていた。
どんなに自分が言葉に気持ちを込めたって、彼女にはもう一生理解して貰えやしないんだという絶望感が、そうさせている様だった。
…