風結子の時計

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「榮兄ちゃん、それ欲しい!」

「駄ぁ目」

 榮太郎に即答されて風結子は膨れっ面をした。

 くるくると表情が豊かなのは昔と変わらない、榮太郎はくっくっと笑って、

「軍隊の為の、一般販売されていない時計なんだ。大事に使わないとなぁ。
 ここを見な、俺は陸軍だから星の刻印がある。海軍はいかりなんだよ。
 おっと、巻きの時間になった。一日に一度必ず巻かないと狂っちゃうんだ」

 懐中時計と同様に、ネジを摘まんでカチカチと回していく。その音色に合わせて、

「これがあれば、戦場でひとりっきりでも辛くはない。この店の時計達と同じ時を刻んでいるんだからな」

 榮太郎がそう言った言葉を、風結子はこの先ずっと忘れられない。

 榮太郎を応援するかのように、店の時計達がボーンボーンと一斉に鳴り出した事も、ずっと忘れられない。





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