空の兄弟〈後編〉

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 それから十日あまりが経ち、検査の日以来顔を合わせていなかった宏如と再会した。

 夕陽を背負っているせいか、宏如の身体が透きとおって見えて、儚さが増す。

「青山、僕に赤紙(召集令状)が来た。明日、南方の戦地に向かう」

 鷹は唾を飲み込んだ。

 ──俺には来てない!

「青山は? まだ?」

 宏如の問いに、鷹は恨めしげに頷いた。

 宏如はしばらく黙り込んで、言った。

「僕は先に行くよ。日本の、勝利の為に」

「日本の勝利の為に…」

「日本の勝利の為に!」

 宏如の言葉の勢いある重み、それなのに鷹には、彼の実体の軽薄感が拭いきれない。

「青山」

 宏如はふと笑んで、言った。

「青山が後から続くのを、待っているよ」

 それじゃあと、鷹の肩をひとつ叩いて、宏如は歩き出した。

「ヒロちゃん!」

 鷹は、夕陽に吸われて霞む宏如に、腹に力を込めて叫んだ。

「万歳ーっ、万歳ーっ、万歳ーーっ!!」

 宏如につきまとう何かを追っ払う為に。





 その日の夜、鷹の食事の進み具合がえらく遅かった。

 羨望と高揚感が交互に入り混じる。

 隣で夕飯済ませて食休みをしていた悟、横目で鷹を眺めて、悪戯っぽく口を歪ませて、言った。





「た、お前、目つき妖しいでえ」





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