空の兄弟〈後編〉
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あんまり魚が釣れないので、悟は釣竿を放っぽり出して風結子の膝に上半身を乗せ、眠りにつこうとした。
風結子はくすっと笑い、悟の豊かな黒髪をそっと撫でた。
「甘やかすな、岡田」
悟と風結子の顔を見ずに、無愛想に鷹が言った。
「いいの、慣れてるから」
風結子は即答した。
「私たち女子生徒はね、よその託児所とか保育所に行って、子供たちの世話をすることがよくあるの。
学校での勉強を放棄させられるのよ。
それで小さい子と接する楽しさを知っているから、だから気にしないで」
ふぅん、と鷹は感心する反面、もし自分だったら…と想像したら気分が悪くなった。
「羨ましいやろ、た
悟が鷹に目を向けてからかいの口調で言うが、鷹は何の返事もしなかった。
「ねえ、私、嬉しいのよ。
空ちゃんに会って、本当の弟ができたみたいで」
風結子が両目を伏せて言ったその言葉に、
「みたい?」
悟は勢いよく上半身を起こし、すごい剣幕で捲し立てた。
「おねえちゃん、みたいじゃ駄目やねん、本当の姉弟でいてくれはらんと。
俺の、ほんまの姉ちゃんでいてくれへんか、なぁ。
た
風結子は驚いた。
怒りは怒りでも、寂しさ故の怒りをあらわにしたこの坊やを、風結子は目を丸くして見つめた。
「空の兄弟」
やがて風結子はつぶやき、こう続けた。
「心配しないで、私はいつでも空ちゃんのお姉ちゃんよ。
戦争が終わっても、よ」
風結子の言葉を聞くと、悟は自分の右小指と風結子の右小指を絡ませて、上下に二、三度振った。
そしてまた、風結子の両腿を枕にして眠りに入った。
…